自分の価値観や考え方は思い込みかも?柔軟にすることで見え方が変わる

頭に手を当てて考え事をしている女性 考え方

人はそれぞれ自分の価値観や考えを持っています。似ている人もいればまったく違う人、違いを受け入れられる人やそれができない人などいろんな人がいます。

自分の考えがあるように人にも考え方があります。その数は無数にあって、人の数だけあります。さまざまな考え方がありますが、自分も考えが変わることがあるように人の考えも変わることがあります。

そして、その価値観や考え方は意外と簡単に変わることもあったり、視点を変えるだけで見え方も変わるということを紹介したいと思います。

価値観は思いこみ?

首を傾げている女性

何か特定のことに対して、自分では「絶対これがいい!」と思っていても、誰かに反対の意見を言われた時に意外と「そうかも…」と思うことがあります。

自分が絶対と思っていることでも、実際には案外そうでもないこともあります。そう考えると、自分の価値観や考えは案外思い込みなのかもしれません。

わたしの場合

可愛い電球のイラストとお花

ある時、夫婦で以前から気になっていたyoutubeプレミアムの無料お試しを数ヶ月間試してみることにしました。

youtubeプレミアムは月額定額で料金を支払うことによって、音楽や動画の間の広告なしでエンドレスに音楽や動画を再生できるサービスです。

スマホでは、バックグラウンド再生やオフライン再生もできて便利です。使い勝手はとてもよく、音楽や動画も途切れることなく快適でした!

そこで、わたしは無料期間が終わってもyoutubeプレミアムを続けたいと思っていました。音楽と音楽の間の広告がいちいち煩わしいと思っていたからです。

youtubeプレミアムのお試し期間が終わり、加入するかどうかを夫と相談していた時です。わたしは「加入したい!」と言い、その理由を聞かれると「いちいち広告が入るのがいやだから」と答えました。

すると、夫が「そう?俺はそうでもないけどなぁ」とあまり気にならない様子。夫も…というか誰でも自分と同じように感じていると思っていたのでびっくりしました。

それにしても、音楽に乗って聴いているのに1〜2曲が終わるたびに広告が入るのに気にならない?「そんな人もいるのか…」と思いました。

しかし、夫は必要性を感じていないのに、わたしの思いだけで加入するのは申し訳ないな…と思い、ひとまず加入しないまま過ごしてみることにしました。

すると、あんなにも広告が煩わしいと思っていたのに、夫の意見を聞いてから不思議と気にならなくなったのです…!自分でも驚きました^^;

わたしが人に影響されやすいというのは多分にあると思うのですが、「そうなのかも…」と感じることができれば、意外とそう思えるのだと知りました^^

考え方を柔軟に

青空の下でヨガをしている女性

当初、自分が思っていたことと正反対のことを言われた時、どう感じるでしょうか?

それはもちろん、その内容や相手によって変わります。わたしも、自分にとって大切にしている価値観の核の部分や自身の経験から学んだ考えなどは変わらない部分もあると思います。

でも大事なことは、大きなことや小さなこと、どんなことでも「自分の考えが絶対正しい」と思い込むよりも「そんな考え方もあるのか」と柔軟に考えることです。

そう思った上で、「やはり自分はこう思う」と思ってももちろんいいのです。でも、自分の思いや考えと違うからといって、初めから「分かり合えない」と決めつけるのでなく、一度受け止めてみるというのが大切かなと思います。

「そう言われてみたらそうかも?」と思えたら、柔軟に対応することができます。相手のためだけでなく、自分としても考え方の幅が広がり、自分自身がもっと自由になります。

見え方が変わる

破った紙の下に見えた電球

こう思うと、「絶対」というものはないのかもしれないと思いました。例えば、子どもを虐待している親がいるとします。子どもは被害者であり、親は加害者です。この親が問題であると多くの人が思うかもしれません。

「何でそんな酷いことをするんだ」「親失格だ」という言葉もかけられるかもしれません。親がしていることは許されないし、一刻も早く子どもの命と安全、心の安心を守ることが大事です。

しかし、「親がなぜ虐待をしてしまったのか?」という視点で考えると、また見え方が変わってきます。それでも、虐待が許されないことには変わりありません。

ただ、虐待をしている親は多くの場合、親自身も追い込まれていることが多いです。親自身が虐待を経験して育ち、心に傷を負っていたり、周りに育児の協力者がおらず孤独であったり。

最初から子どもの幸せを願わない人は少ないのだと思います。どんな人にも子ども時代はあって、最初は親や家族、人からの愛情を求めたはずです。生まれた時から悪い人はいません。

しかし、虐待をしてしまう親や非行や犯罪に走ってしまう人の多くが、どこかで必ず人に裏切られたり、絶望したり、愛情を得られなかったりしています。

傷付いて、心の中が温かいもので満たされず、苦しい思いを胸に生きています。その結果、根底にある心の基盤が不安定になり、人と安定した関係を築くことが難しくなります。

またそういう人が他人と繋がりやすい方法の一つが、体の関係にあります。心が繋がっていなくても、自分を求めてくれたり、その時に優しくされることで心の隙間を埋めようとするのです。

その結果、妊娠してしまう女性も少なくありません。そうして、自分自身の心が満たされていないので、子どもが生まれてからも子どもに注げる愛情が足りなかったり、心に余裕がなく優しくできないということが起こります。

何があったとしても、虐待されている子どもたちは、何も悪くありません。親にどんな理由があっても許されません。

ただ、親にも追い込まれた状況や辛い経験、癒えない傷があったりします。親には親の事情や理由があるのです。そう考えると、やっていることは許されませんが、親自身も虐待やいじめ、何かの経験の被害者なのかもしれません。

こうして、立場や視点を変えれば見え方は変わります。虐待やいじめなど人を傷つけたり、誰かを騙したり、陥れたり、損害を与えたり…やっていいことは何一つありませんが、視点を変えればまた違った部分や背景が見えてきます。

人と人の繋がり

手のひらを合わせる子どもの手

大切なことは、その過程で周りの人がちょっと気にかけたり、声をかけたり、優しさを分けることなのかなと思います。

何気ないことでも少しでも人に優しくしてもらったり、人と繋がることができるとそれだけで救われることもあります。

それだけで生きていく希望が持てたり、心が温かくなることもあります。今の日本には昔のようなおせっかいさが少なくなってしまったのかもしれません。

時には「大きなお世話!」と言われてしまうかもしれませんが、ちょっとしたおせっかいが誰かを救うのかもしれません。

自分や自分に関係のある人以外のことは他人事。そういうものから、困っている人がいたら気軽に声をかける、そんなことができる人が増えていったら素敵だなと思います^^

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