真実と事実の違いとは?あなたはものごとの事実を捉えられている?

ピンクの雫が跳ねる水面 考え方

いろんな漫画を読んでいると、その漫画のストーリーや言葉にハッと気付かされること、勉強になること、支えになること、救われることなどありますよね。

映画や小説などもそうですが、漫画からもたくさんのメッセージが発されていて、それは受け取り手によって受け取り方や響く部分は変わります。

自分の中にない考え方や気付きをくれる小説や漫画などとの出会いは貴重です。ある一節やその物語から自分の考え方が変わったり、道標となることもあります。

今回はそんな自分に影響を与えた言葉について紹介していきたいと思います。物事の本質を捉えた言葉で、いつでもどこでも誰にでも応用できるものだと思います^^

ミステリという勿れ

あかりの灯った複数の家

今、映画化で話題の田村由美さんによるミステリー漫画「ミステリという勿れ」。読んだことのある人もいると思います。

物語の中で主人公である大学生の久能整(くのうととのう)が身近な生活の中で起きる些細な出来事や大きな事件までいろんなことに巻き込まれながら謎を解いていきます。

「犯人はお前だ!」と決め顔で謎を解いていくようなタイプのものではなく、些細な違和感を感じ取り、その意味を読み解いていきます。

そして、最終的には事件が解決したり、謎が解かれていきますが、その過程で人の言動や行動から読み取れる心情や言葉の意味などにハッとさせられます。

普段分かっているようで分かっていないことってたくさんありますよね。誰もが当たり前のことだと感じていることにも「何でだろう?」と疑問を投げかけます。

物語の中心にいながら隅っこにいるような謙虚さで、人の心や言葉をどういうことなのか、なぜそうなのか、上から目線ではなく、独り言のようにそっと語りかけるような口調で語られていきます。

彼女もいなければ友達もいない、一見パッとしない控え目なそんな主人公も魅力の一つです。

読んでいて「確かに…」と思わされることも多々あります。まだ全巻読めていませんが、これまで読んだ中から特に心に響いたものを紹介したいと思います。

事実と真実の違い

下から見上げた飛行機とビル

それがこちら「事実と真実の違い」です。よくドラマや漫画で複数の人の言い分や主張が食い違った時「真実は一つだ」「だから誰かが嘘をついている」と言います。

実際に犯人が嘘をついている場合もありますが、誰も嘘をついていない場合もあるのです。

どういうことかと、漫画の中で例えられていたことはこんなこと。AとBという人がいて、AがBとぶつかって階段から落ち、ケガをしました。

AはBにいじめられていて、階段から突き落とされたと言います。BはAをいじめておらず、ただ階段の上でぶつかってしまっただけと言います。

これでは両者の言い分は違っています。果たしてAとBのどちらが嘘をついているのでしょうか?Bを悪者に仕立て上げたいAなのか、Aをいじめた事実を隠したいBなのか?

でも、この場合2人の主張が食い違っても一つだけ絶対に同じものがあります。それが事実です。事実は「AがBと接触し転落してケガをした」ということです。

突き落とされたというAの主張も、ぶつかっただけだというBの主張も事実ではなく、それぞれAとBの真実です。

本人たちはそれぞれの感じたことや意見を本当のことで、相手は嘘をついていると思っているので、どこまでいっても話は平行線になります。

どちらも本当にそう思って(思い込んで)いるので、本人にとってはそれが真実です。なので、本当は真実は人の数だけあって、両方に共通してあるのはひとつの事実だけです。

物語の中で、ある事件の容疑者として疑われ、事件に巻き込まれた主人公は取調べをする刑事に向かってこう言います。

警察は人から話を聞いてその背景や予想される選択肢などをそれぞれの人が語る真実に惑わされてはいけない。たくさんの情報を集めて、警察が見るべきなのは「真実」ではなく「事実」だと。

ものごとの見え方

白黒の色彩の男性とハケでなぞって色のついた肌

これを読んだとき、「なるほど…」と思いました。全然違う主張をしていたAとBはどちらかが嘘をついているんじゃなく、どちらにとってもそれが真実。

これは、事件や事故でなくても日常の生活にも応用できると思いました。人は、事実以上にあれこれと考えすぎたり、自分の感情で余計な価値を付けすぎたりしているのかもしれないと思ったのです。

例えば、自分とはタイプが違って合わないなと感じている人がいるとします。その人は会うとテンションが高く、必要以上に明るい声で、元気な挨拶をしてくるとします。

「もっと自然なトーンで挨拶してくれたらいいのに」と正直、それがあまり気持ち良くなく、しんどいなと感じているとします。

それが毎日続くとますます「あんまり会いたくないな」と感じ「苦手な人」という認識になっていきます。

でも、ここで事実だけに焦点を当てて考えてみましょう。この場合の事実は「明るく元気に挨拶をしてくる知人」です。

こうして考えると何も悪いことはありませんよね。そうは言っても人間ですから、「それでも嫌だ」とか「イライラする」という気持ちが出てくることもあります。

でも、自分が嫌われていて嫌な態度を取られたり、攻撃される、無視されるなどよりも余程いいのではないでしょうか。

「何でこうするんだろう」とか「もっとこうすればいいのに」という気持ちは、自分が相手に「こうであってほしい」と求めているから感じることです。

見ず知らずの人と接する時にはあまり何も求めないことが多いと思いますが、知っている人となるとそういう感情が出てきやすくなります。

それが親しい人や身内、近くにいたり、よく関わる人ならなおさらです。嫌われていて攻撃をされるというのであれば、それは実害があるのでまた別の問題で何か対処を考えなければいけません。

しかし、そうでない場合は考え方次第で自分の受け取る出来事の印象は変えられるのだと思いました。

ただいつも明るく元気に挨拶をしてくる人であれば、「いつも元気だな」と感じてそれで終わり。そしてそれ以上は何も考えないのがいいのかもしれません。

相手が悪いわけでもないので、それについてもやもやと考えても何も変わっていきません。自分なりの解釈をつけるから、「他の人にはそうではないのに」とか「自分にだけ態度を変える」など不満の気持ちが出てきます。

でも、なぜかわからないけどそうなのであれば、それをただの事実として受け止めて、それ以上そのことに思考をとらわれないというのが無駄なストレスを溜めないコツかもしれません。

漫画から学んだこと

並んで漫画を読んでいる女の子たち

今回、ミステリという勿れを読んで、そういった勉強になるなと感じる言葉がたくさんありました。無意識に自分が考えている考え方が全てではなく、また違った角度から物事を見ると見え方が変わってくるのです。

その発見がとても面白いです。まだ読んでいない巻もあるのでそれも楽しみにしつつ、映画の方もまた観てみたいなと思っています。

自分の中の考え方や常識・世間一般の考え方だけにとらわれず、いろんな人がいて、いろんな考え方があること。

それを表や裏、横、斜めなどいろんな角度から一歩引いて見ることができれば、今よりももっと人は自分とは違う人のことを認められるようになるのかもしれません。

誰もが自分らしく生きて、自分の思いを主張できる、相手も否定じゃなく受け止めて、自分の思いを伝え合う。

それが自分の考えと違っても「違って当たり前」だとその違いを受け入れられる。そんな「違って当たり前」が当たり前になる、優しい世界になるといいなぁと思います^^

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