日下部羊著「いつかあなたも」を読んで死の捉え方が変わる。在宅医療で見る人生の最期

自宅のベッドで横になっている高齢女性と車椅子 生き方

久坂部羊著「いつかあなたも」を読んで、認知症や終末医療、在宅医療、そして生き方と死に方について考えました。

誰にも必ず訪れる老いと死。誰でもなる可能性がある病気との闘い。このことを本の内容を通して、とても深く考えさせられました。

実際に介護や病気の治療の問題に直面していない人でも、いつか訪れる死と向き合うきっかけになる本だと思いました。

自分自身や大切な人が亡くなるときに、どう生きてどう死にたいのか自分自身に問いかけてみてほしいと思います。

いつかあなたも

本を読んでいる女性

久坂部羊著の「いつかあなたも」は、実際の医師が描く、認知症や末期がん、難病を抱える人たちの実話を元にしたストーリーです。

6人の在宅医療を必要とする患者さんとその家族の闘病生活や介護生活、患者や家族の苦しみ、葛藤などが生々しく綴られています。

人が亡くなった際に、遺族が亡くなった家族と会えるまでに看護師さんがしてくれる必要な死後処置のこと。

認知症を抱えた人の介護がいかに壮絶で大変か、末期がんを抱えた患者が最期に何を望み、どう生きるのか。

苦しみや痛みを取り除いてあげられない難病と患者自身、家族、医療がどう向き合うのか。

病気の告知と死の覚悟。それとどう向き合い、どう生きて、どう最期を迎えるのか。そのそれぞれの人の生き方と想い、そして現実と人生の終え方が描かれていました。

死と向き合う

手を合わせている白黒写真の高齢女性

実際の患者さんの話を元にした人生とその最期を読むことで、自分の中の「最期の時間の過ごし方」や死生観が変わっていくのを感じました。

誰もが苦しむことなく、穏やかに眠るように人生を終えられるといいと思いますよね。

でも、実際にどう人生を終えるのかは人それぞれでどんな終わり方をするのかは、その時になってみなければ誰にも分かりません。

できるだけ苦しまずに逝けたらいいですが、高齢になると体も衰えて病気になりやすくなります。体に痛みがあったり、闘病をしながら過ごし、その末に亡くなるというケースは少なくないのではないでしょうか。

今回の本の中で語られたような、認知症や末期がん、治すことのできない難病などにかかる可能性がどのくらいあるかは分かりません。

ですが、誰にでもその可能性があって、高齢になってから病気になるとも限りません。

「もしも、病気になった時、どう生きてどう死ぬのか?」このことを、自分ごととして想像したり、考えておくことはとても大事だと思いました。

わたしは、少しでも長く生きるために、治らない病気を副作用の強い薬で治療して、苦しみながら生きることが必ずしもいいことなのか疑問に感じました。

もちろん、家族としては「少しでも長く生きてほしい」と願うことは当たり前かもしれません。

でも、人生は自分のためであって人のためではありません。最期の時間をどう生きるのかは、自分本位に決めていいのではないかと思います。

残された遺族は辛く、悲しいかもしれません。でも、治る見込みがないのに少しでも長く生きるために、苦しみながら、体を拘束されながら生き続けていくのは幸せなのでしょうか。

だからといって、意図的に早く命を終わらせればいいと言っているわけではなく、病気を患っている人の尊厳が最大限、尊重される人生の最期というのがとても大事だと思ったのです。

積極的な治療をしなければそのまま死を迎えるとしても、副作用のある無理な治療をせず、病院でなく家で穏やかに好きなことをして過ごす。

そして、時間の流れとともに自然に人生の終わりを迎える。これはとてもシンプルで、人の本来の生き方のような気がします。

家で一人きりという人は寂しいかもしれませんが、家族がいる人ならば家族や好きな人、一緒にいたい人のそばにいられることが幸せではないかなと思います。

安楽死という選択肢

高齢女性の手を握っているもう一つの手

若い時は元気でも、高齢になっても健康に生きて安らかに逝くことは実際には難しいのかもしれません。

老いや死には抗えませんが、例えばALSという病気は、全身の筋力が萎縮していく病気で、次第に動かせる筋肉が減っていき、最終的には体を全く動かせなくなります。

食事や排泄はもちろん、呼吸さえも呼吸器や補助呼吸器をつけなければままならなくなります。

呼吸器をつけると呼吸は安定しますが、気管切開をするので話すことができなくなり、痰の吸引も必要になり、苦しい思いをすると言います。

難病で治せる見込みがなく、強くなっていく痛みと苦しみから逃れられない時間というのはどれだけ苦しいことでしょう。

そうした必死の闘病生活の末に死しか待っていないのなら、その患者の苦しみを安楽死によって救うという方法もあるのではないかと思いました。

日本では安楽死は法的に認められておらず、行うことはできません。そのため、安楽死を認めている海外へ渡り、安楽死で人生を終える人もいるそうです。

他には、物語の中にもあったように、安楽死という形ではなく、あまりに痛みが辛い時は強い薬で眠らせてその間痛みを感じなくさせるという方法もあるようです。

でも、「もう十分生きた」「これで終わりにしたい」「痛みや苦しみから解放されたい」と患者さん本人が願ったのであれば、それを他の人が否定したり、止めたりすることはできないのではないでしょうか。

家族もその患者さんを支えることや介護は心底大変だと思いますが、実際にその病気の痛みや苦しみに耐えるのは患者さん本人です。

家族の気持ちも尊重した上で、それでもやはり一番は患者さん本人のどう生きたいか、どう人生を終えたいかを最大限尊重できる医療制度、法制度になることを願います。

安楽死は無闇に勧められるものではないかもしれませんが、無闇に否定するものでもないと思います。

大きく息が吸えること

新緑の中で深呼吸をする女性

個人的に6話あるうちの2話目の認知症の介護の末に亡くなる「罪滅ぼし」と最後のALSに冒された女性が苦しみながら必死に生きた「セカンドベスト」が特に心に強く、重く響きました。

この本は感動的な話だけではなく、実際の在宅医療の実話を元にしているのでハッピーエンドだけではありません。

病気に苦しみながら治療をし、ほとんどの話で患者さんが亡くなっています。中には、救いのない話もありますが、それが現実の世界です。

そうした現実を知ると、自由に体が動かせること、思い切り息が吸えること、呼吸が苦しくないこと、それがこんなにも幸せなことなんだと思い知りました。

普段意識しないくらい当たり前に感じているこんなことでさえも、どんなに願っても叶わない人もいるのだと気付きました。

以前にこんな漫画を読んだことのありました。難病に侵された少女が病気が悪化する中でベッドに寝たきりになり、口や鼻にチューブをつけて、体も動かせなくなりました。

どんなに大きく息を吸おうと思っても、細い細いストローで息を吸うような呼吸しかできません。それが苦しい。体が動かない中、必死に細い呼吸をすることで生きている少女。

この話を読んだ時にも衝撃が走りました。こんなにも生きることに必死で、苦しく、辛い思いをしながら懸命に生きている姿を初めて見たからです。

漫画の中の話ではありましたが、症状として実際にあることなのだと思います。細い細いストローで一生懸命に空気を吸っても、なかなか肺いっぱいにはなりません。

それには時間がかかり、息を吸っている間に苦しくなる。また息を吐き切るまでに時間がかかり苦しくなるから、呼吸が浅く速くなる。

大きく息を吸いたいのに吸えない、思いっきり息を吐くこともできない。それが常につきまとう。

それは想像しただけでとても苦しいものでした。体が動かせず寝たきりの状態で、病状が回復するか死を迎えるまで細い呼吸を必死に続けるその時間はどれだけの恐怖でしょうか。

そうして生きている姿に大きなショックを受け、さらに少女の夢を知って言葉を失いました。少女の夢は「思い切り大きく息を吸いたい」ということ。しかし、その夢は叶うことなく、少女は命を終えるのでした。

「思いっきり息を吸いたい」たったそれだけのことなのに叶えることのできなかった彼女。そう思ったとき、自分はその少女にとって叶わなかった夢を今、すでに叶えているんだと思いました。

これまでも当たり前のようにして過ごしてきたけれど、元気に生きているだけで誰かにとっての、叶えたくても叶えられない夢を自分は叶えていたのでした。

今、あるもの

自然の中で手を繋いでいる家族

健康で、自由に体を動かせて、思いっきり息を吸えることは本当はとってもありがたくて、幸せな状態だったのだと思い知りました。

落ち込んだり悩んだり、不平不満を言うこともあるけれど、それは健康で自由であることの幸せを当たり前のこととした前提の上にあるものでした。

そのありがたみを感じることができれば、世界はまた違って見えてくるのかもしれません。誰もがいろんなことに悩みながら生きていますが、その悩みも今の体や健康があってこそ。

例えば、今仕事で問題を抱えていたり、人間関係に悩んでいたとしても、それは健康だからこそ、働くことができるからこそ、生きているからこそなんですね。

それでも辛いものは辛いですが、その意識を持つと抱えている問題がまた違って見えてくるかもしれません。

世界は本当は奇跡と幸せとありがたいことで溢れているのだと思います。でも、それを忘れて当たり前と感じてしまうからそのことを実感できなくなってしまうのですね。

人は、どんどん刺激を求めてしまう生き物なので、欲求を満たそうとして今あるものでなく、手にしていないことに意識がいきがちです。

今あるものに感謝してありがたみを忘れないということは、簡単なことではないですが、忘れそうになってしまった時はまた初心に返って思い出して、大切にしていきたいですね^^

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