これから始める、施設出身の子どもたちへの支援の考え方について

植木から顔を出している2人の女の子 子どもの福祉

前々回では、「子どもたちのために何ができるだろう?」ということを考え、前回は少し方向性が見えてきた「子どもたちに野菜を送ろう」ということについて具体的に考えてきました。

今回は、これからやろうとしていることについてのテーマ、根本的な考え方について書いていきたいと思います。

ベーシックインカム

鉄線に手をかけている男の子

「子どもたちのために何かできないか?」と友人と話をしているときに出てきた言葉、ベーシックインカム。

ベーシックインカムとは?

政府が全国民に対して、就労の有無や収入の額に関わらず、最低限の生活を送れるように現金を支給する制度のこと。

今の日本では、どうしても働けない事情がある人にだけ生活保護を支給したり、給付金や補助金、助成金などでは所得上限を設けていて、高所得者は金額が少なくなったり、もらえなかったりします。

こういった条件付きではなく、誰にも等しく同じだけ支給することができれば、人によってもらえないということがなくなり、働きたい人は働きたいだけ働き、働けない人も最低限の生活をすることができます。

「就労状況や収入額が違っても条件なしで同じ支援が受けられる」という考え方に少し驚きましたが、それでいいのかもしれないと思いました。

giveだけ

差し出された両手の上にある花

無条件で等しく支援するというところで、ギブアンドテイクのテイクを省き、こちらからのギブだけ、の精神でやっていこうと思います。

専門学校や大学、仕事をがんばっているから野菜を送る、何もやっていない子には送らないというものではなく、必要としている人には送るというスタンスがいいのかなと思いました。

それによって感謝されたり、何かをしてくれるからということは関係なく、常にこちらが今できることをするだけ。

野菜に応援する気持ちや見守る気持ちを乗せて、渡せるものを渡していくということで伝わるものがあったら嬉しいなぁと思います。

衝撃を受けた言葉

水しぶきが上がっている水面

ここまで、「無条件で子どもたちには何も求めずにできることをしていこう」という話をしていましたが、わたしは始めからそう思っていたわけではありませんでした。

でも、その考え方が覆るきっかけとなった友人の言葉があります。

もともと、友人から「野菜を子どもたちに送るのはどう?」と提案されたとき、本当は最初はしっくりきていませんでした。

畑の作物は、それを出荷してわが家が収入を得ているので、送るなら家庭用に育てているビニールハウスの野菜のイメージでした。その場合は、送れる野菜の量にも限りがあります。

それに、もしも「俺も、わたしも」となってしまったら、誰にどこまで送ればいいのか難しいと思ったからです。

他にも「物を無条件にあげることでそれに頼ってがんばらなくなってしまわないかな?」と思ってそう言ったとき。

友人から返ってきた言葉は「がんばらなくてもいいんじゃない?」というものでした。

「えっ、がんばらなくていいの?」と一瞬思いましたが、その瞬間、わたしは「子どもたちにがんばることを求めてたんだな」ということに気付きました。

施設に勤めている間、子どもをがんばらせる方向へずっと導いてきました。その感覚が退職して数年経って、いろんな経験を経て、大分なくなっていたように思っていましたが、「根底にはまだあったんだ」と思いました。

施設にいる間に大切なこと

開かれたノートの上に置かれた花

18歳を過ぎると、原則、施設を出ていかなればなりません。家に帰る子もいますが、自立する子はひとり暮らしをしたり、専門学校や大学へ通ったり、就職したりすることになります。

頼れる家族がいる子もいればいない子もいます。そういう子は、まだ18歳の段階で施設からも出なければいけなくなって、突然後ろ盾を失います。

それまでは、施設の中で生活していると窮屈な思いをしたり、もっと自由に暮らしたいと思うこともたくさんあると思います。

でも、自立するとそこから180°変わり、いろんな自由が手に入ります。その代わり、自分で生きていかなくてはいけなくなります。

今までやってもらっていた、食事作りや掃除、洗濯、お金の管理など自分でやっていかなくてはいけなくなり、こうした部分で経験や知識が足りずつまずいてしまう子もたくさんいます。

なので、施設にいる間に勉強も大事ですが、それよりも子どもたちが自分で生活していける力を育てることがすごく大事だったのだと思います。

施設にいる間に自分のことは自分でできるように経験したり、自分でお金の管理をしてやりくりをしたり、生活するには何にいくらくらいかかるのかシミュレーションしたり。

一人で暮らすときに、子どもたち自身が困らないように、一人で生活していくということはどういうことか具体的に、一緒に考えていくことが大事だったのだと思います。

生きているだけでOK!

夕日の中でジャンプしている女性

そうした自分でやった経験の少ないことを、生きていくために自分でしていかなれけばいけない不安の中、ひとり暮らしが始まります。

集団生活をしていた子どもたちにとって、突然ひとり暮らしをすることは孤独に感じ、寂しい思いもするかもしれません。

一般的に頼れる家族や、何かあった時に帰れる場所、後ろ盾があったとしても、ひとり暮らしを始めたとき、ホームシックになることもありますよね。

でも、そこで後戻りできる場所がないとき、どれだけ不安だろうと思います。逃げ場所がないというのは怖いものです。

現代社会で生きていくためには、しんどいことがあったとき、実際には逃げずに踏ん張るとしても、逃げ場があるのは大事なことです。

「どんなにしんどくてもこの仕事を辞めてはいけない」「絶対に投げ出してはいけない」そんな風に思っていると精神的に追い詰められてしまいます。

「どうしてもこれがダメだったら、それでも他にも生きていく方法がある」と他の選択肢を頭の中に置いておくだけでも大事だなと思います。

そうして、子どもたちは精神的なよりどころが少ない中で必死に生きています。今まで関わってきた施設の子どもたちも、施設を出てからはそのほとんどの子が今、どこでどうしているか分かりません。

単にわたしが知らないだけのパターンと、もう職員の誰とも連絡の取れなくなってしまった子もいます。元気でいてくれることを願っていますが、現状は分かりません。

今は、ただでさえコロナウィルスによって仕事を失ったり、収入が減って生活に困っている人が多い世の中です。

そんな中でも、子どもたちは自分の力で生きていくために一生懸命がんばっています。そう思ったとき、今、生きているだけで十分がんばっているんだと思いました。元気で生きていてくれることが一番大事です。

心身ともに疲れ果てているときは人は動けないものです。でも、人の優しさに触れたり、応援してくれる人がいたら、心と体が元気になったとき、自然と動き出せるものなのではないかなと思います。

だから、子どもたちには「生きてるだけでOKなんだよ」というメッセージを伝えていきたいと思います。

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