自分らしく生きることはなぜ難しい?壁となっているものとは?

夕日を前に座っている女性 生き方

前回は、「自分らしく生きるってどういうこと?」ということについて考えました。

今回は、「自分らしく自由に生きることがなぜ難しいのか?」「何が壁となってしまうのか?」について考えていきたいと思います。

前回の記事はこちら▽

自分らしく生きることは難しい

迷路を前にたたずむ人

誰でも人と比べたり人の目を気にして生きるのでなく、自分の心に正直に、あるがままに生きていきたいですよね。それが自分らしく生きるということではないでしょうか。

でもそれが実際には難しく、本当の自分の気持ちや姿を押し殺して生活している人もたくさんいると思います。

それはなぜでしょうか?それは、人が自分ひとりで生きているわけではなく、仕事や学校、家庭など常に人と関わり合って生きているからです。

その中で、人は意識的にしろ無意識にしろ、人に好かれたい、人によく思われたいという欲求を抱きます。それは誰もが経験する、ごく自然なことなのだと思います。

ただ、それが過剰になっていくと、自分自身の考えや価値観でなく、人が求めていることや好みに合わせようとするようになってしまいます。人の目が気になって、「自分らしさ」や「正直な自分の気持ち」が失われてしまいます。

そこまでいかなくても、何か洋服を買うとき、「自分が好きかどうか」だけでなく、「人から見て変じゃないか?」「似合わないと思われないか?」と考えてしまう人も少なくないはずです。

自分のお金で買って、自分が着る服なのに、なぜ人の意見が気になるのでしょうか?そこには、自分自身への自信がなさがあるのではないかと思います。

あるがままの自分でOK!

両手の親指を立てている人

子どものころ人から褒められるとき、例えば「人に優しくしていて良い子だね」と言われたり、「お手伝いを頑張っていて偉いね」と言われたりしませんでしたか?

自分や人を評価するときも、「〇〇だからいいい人」「〇〇だから嫌な人」と理由をつけると思います。理由があることは問題ではありません。

ですが、「人に認められるには〇〇でないといけない」と感じてしまうと苦しくなっていってしまいます。「こうでないといけない」と思ってしまうと、その理想に届かない自分に自信が持てないのです。

「無条件で自分をまるごと受け止めて、自分自身を愛すること」

そんな風に考えることができる人は多くないのではないでしょうか。そうできれば、「人がどう言ったって、自分はこうしたいからこうするよ」と人目を気にせずに自分らしくあるがままに生きられるのかもしれません。

本来、人は人の数だけ容姿も違えば、考え方や価値観、好みなど違って当たり前です。同じ人なんてひとりとしていないのだから、それぞれが自分らしく生きて、好みや価値観を周りに合わせる必要なんてないのです。

もちろん、一般的な常識やルール、マナーなどは守る必要があります。ですが、自分が自分らしくあること、人に迷惑をかけない範囲で自分の好きなものを選んで生きることは誰にとっても自由なことのはずです。

今の自分自身はそのまま、あるがままでOKなのです^^

ピンチはチャンス

道端に落ちている四葉のクローバー

誰だって周りの目を気にせずに、自分の思うまま自由に生きられたら良いですよね。でも、「そんなに簡単にできれば苦労しない」という声が聞こえてきそうです。

頭では分かっていても、人の目や評価を無意識に意識してしまったり、癖になっていて、簡単には考え方を切り替えられないかもしれません。

これまで自分がしてこなかったことをしようとするとき、自分の意見や気持ちを主張しようとするとき、勇気や心のパワーが必要だったり、時には人との衝突もあるかもしれません。でも、衝突することがあっても、それ自体が悪いことではありません。

現状をより良くしようと考えての議論なら、意見を主張しあったり、話し合うことには大切な意味があります。

その先にもっと良い結論を得られる可能性も広がります。相手や自分自身と向き合うことで、相手のことも自分のことも深く知れるチャンスです。

自分が思っているより周りは自分を気にしていない

カラフルな色の子どもたち

また、人目を気にしている人へ心を少し軽くする魔法の呪文があります。それは、「周りはそれほど気にしていない」ということです。

「前髪を切りすぎた…」「新しい服似合ってないかな…」「これを言ったら生意気だと思われるかな…」など、自分の中で人にどう思われるだろうと思っていることってありますよね。

それの多くを人はそれほど気にしていません。一番気にしているのは自分自身で、自分以上に気にしている人はおそらくほとんどいないのです。

実際に、自分の主観で考えてみましょう。道端ですれ違った人がいたとして、その人がモヒカンでした。または、ゴスロリの格好をしていました。その時はびっくりしたり、じっと見てしまうかもしれませんが、その1分後もそのことを考えているでしょうか?

ほとんどの人は、もう他のことを考えているでしょう。自分自身がその格好をするかどうかということではなく、人がしていることにいつまでも固執するかというとそうでもないのです。

普段、あまり自分の主張をしない人が自分の気持ちを話したときも、周りは「この人はこんな風に考えてたんだな」と思うにとどまると思います。

「人にどう思われるだろう…」と思っていることの多くは、実際には人に聞かないことで、自分の中でさらに「よく思われないのではないか」という妄想が膨張して行きます。

そんなときは、聞きやすい友人や家族、パートナーなどに聞いてみましょう。あっけないくらい「何にも気にならないよ」と返事が返ってくることが多いと思います。

実際にわたしはそうでした。ほとんどの自分の心配事や不安なことは、人から見ればなんてこともないのだということを実感することが多かったです。

手放すと楽になる

たくさんの風船を持っている女性

「こうでなきゃいけない」と高い理想を掲げて生活するのは大変な労力が必要です。何かに向かって必死になっている時、人はグッと何かを握りしめています。

叶えたい何かや手放したくない何かかもしれません。それを握りしめていると体に力が入り、緊張状態になります。

何かにつまづいた時やうまくいかなくなった時、どうしていいか分からなくなった時は、「自分は何にこだわっているんだろう?」と振り返ってみてください。そう思ってふっと手を緩めると心が軽くなる瞬間があると思います。

なぜか必死に握りしめている「何か」。それは改めて考えてみるとそんなに重要じゃなかったりします。プライドや優越感、見栄、意地、こだわりや執着など…。

人によって何が重要か、タイミングや状況によっても異なりますが、「大事なことはこれじゃなかった」と思えたら手放してみましょう。

手放すことで心が軽くなるのです。手の力をふっと抜き、握りしめていたものを手放してみると、目に見えないこだわりや執着を握りしめていたことに気付くはずです。

自分の心と身体の安全を最優先に

気持ちよさそうに眠る猫

自分が気にしていることの多くは、他の人はほとんど気にしていないと書きましたが、中には、特定の人の外見や容姿を批判したり、自分よりも下に見て蔑んだり、攻撃してくるような人もいるかもしれません。

そういう人は相手にする必要はありませんが、相手の攻撃が止まず自分が辛くなるような状況が続くのであれば、その環境からは去ってしまうのが一番です。

そういう職場や学校に無理して行き続ける必要はないと思います。近所付き合いや友人付き合いなども、無理して我慢して心が壊れてしまうよりも、思い切って離れてしまった方がいいと思います。

家庭内でそういったことがあったときは、できるだけ周りの信頼できる大人に相談して家族と一時的にでも離れることが大事です。

どんな関係だとしても理不尽に自分を傷つけられたり、攻撃されることを我慢することはないのです。できるだけ早く、自分を傷つける人たちからは逃げてしまいましょう。逃げることは決して悪いことではありません。

安全な環境で、安心して生活することは誰もが望むことです。それが守られていない環境では、自分が自分らしく生きることも、自分に自信を持つことも、自分を認めてあげることもできません。

まずは、自分の心と身体が傷付かずに安心できる場所で生活することを一番に優先しましょう。「安全なところで安心して暮らしたい」と思うことは当たり前のことです。

理不尽な辛い思いをして生きている人が、ひとりでも多く、安全で安心して暮らせるようになりますように。人の目や評価を気にして生きづらくなっている人は、そこから解放されて自由に自分らしく生きられるようになることを願っています。

次回は、自分らしく自由に生きていくために今できることを具体的に解説していきます。最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^ また次回もぜひ読んでもらえると嬉しいです♪

次回の記事はこちら▽

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