自分のやりたいことのために元職場に勇気を出して連絡!しかし…

机の上のパソコンと手に持っている携帯電話 子どもの福祉

今回、わたしは子どもたちへの支援の一つとしてやりたいことがあり、元職場と連絡をとって話がしたいと思いました。

勇気を出して連絡したものの、返ってきたものは…。予想外の結末に自分でも動揺しながらも、進んでいきたい方向について考えました。

野菜を子どもたちへ

色とりどりのたくさんの野菜

わたしは子どもの施設を退職した後、結婚して北海道に移り住み、夫は農家である実家を継ぐことになりました。

農家では、毎年収穫した後にたくさんの出荷できない野菜が出ます。決められた大きさに満たなかったり、大きすぎたりするものです。

家でも食べたり、人にあげたりもしますが、食べきれず傷んでしまうことも少なくありません。

そんな野菜を施設から自立した元子どもたちに送りたいなと考えたのでした。野菜を活用したい気持ちはもちろんありますが、それ以上に子どもたちを応援する気持ちを伝えたいなと思いました。

もう、それぞれが専門学校や大学へ行っていたり、一人暮らしをしていたり、働いていたり、家庭を持っていたりもします。

自分のために、家族のために働いたり、家事や育児をしたりする毎日は楽ではありません。学校や仕事を辞めてしまったり、仕事や生活に困ることだってあります。

そんな中で「いつも応援しているよ」「見守っているよ」のメッセージを野菜とともに届けたいと思ったのでした。

元職場へ連絡

手に持っている携帯電話

それを実現するために、まずは元職場へ連絡しようと思いました。

本当は連絡しなくても実現は可能ですが、退職した元職員が勝手に施設を出た子どもたちと繋がっていることを施設としては快く思わないのではないかと思ったからでした。

全ての施設がそうなのではありませんが、施設は閉鎖的になりやすく、施設内でのルールが偏りがちです。

施設の常識は世間の非常識という言葉もあります。一般的に考えたらおかしいと思うことでも、施設の中で当たり前となっていることというのは多く存在します。

「本当に子どもたちのためになる」ことではなく、施設として職員として都合のいいこと、やりやすいことを優先してしまっている現状が確かにあります。

そういうところに違和感やジレンマを感じ、退職したというのも一つの理由です。子どもたちとの関係、子どもの問題行動だけでなく、協力すべき職員同士の関係も良くはありませんでした。

仲のいい、または協力し合える仲間もいましたが、管理職や施設全体では協力し合えない、支え合えない空気感がありました。

そんな苦い思い出がたくさんある職場ではありましたが、お世話になったことは事実であり、恨むような気持ちはありません。

それでも、職場に連絡して自分のやりたいこと、その理由や思いを伝えるというのはわたしにとってとても勇気のいることでした。

気分や相手によって態度を変えたり、機嫌が悪ければ威圧的になったりする上司に連絡をする必要があり、とっても時間がかかりましたが緊張しながらメールを送りました。

突然、電話しても忙しくて迷惑になることを考えたからです。わたしの話したい内容をある程度まとめ、知ってもらった上で電話かメールでやりとりをしようと思いました。

勇気を出してメールを送信!心臓がドキドキ…。返信を気にしすぎると気になってしまうので、できるだけ意識せず、どう反応が返ってくるか待ちました。

いくら待っても

かごの上であくびをしている猫

しかし、待てど暮らせど返信はありません。「もしかしたら、届いてないのかな…?」そんな考えもよぎりましたが、ホームページに乗っているアドレスに送ったので、届いているはずです。

それなのに返信がない。忙しいことも考え、気長に待つことにしました。しかし、1ヶ月経っても返信は来ず。

さすがに、いくら忙しくともメールの1通くらい返せるはずです。いや、返すべきです。内容の精査が必要だとしても、一旦返信をして時間がほしいと言うことだってできます。

なので、待っていても返信がないこと、収穫の時期で野菜を送る準備を進めたいこと、打診はしたのでこのまま進めさせてもらうことなどを書き、再度メールを送りました。

今度は割とすんなりと送ることができました。それでもやはり返信はありません。

突然電話をする勇気はなく、最低でもこちらから打診するメールを送ったので、「この話を進めさせてもらおう!」と思いました。

まさかの…

悲しそうな表情をしているパグ

それでも、メールが届いていないのか、どういう理由で返信がないのかは分からないままでした。

そんなある日、その施設に勤める以前の同僚からメールが届きました。「園長から返事はありましたか?」と。

連絡をくれた同僚は園長が返事をしたか気になって連絡をくれたのでした。返事をしていないことを知って「申し訳ない…」と同僚が謝ってくれました。

これで、わたしが送ったメールが確実に施設に届いていたことが分かりました。2通とも届いていたにも関わらず、返信をしなかったのです。

わたしは衝撃を受けました。わたしとしては良かれと思ってした提案でしたが、施設からするとありがた迷惑になることも想定していました。

断られるかもしれないとさえ思っていました。しかし、さすがにメールを無視するとは思っていませんでした。

わたしはもう施設の職員ではありません。第三者からの善意の提案に対して、断るでもなく無視をするというのは施設の園長がすることではありません。

わたしが施設で働いていた当時も、現状を変えたいと思ってもそれは容易ではありませんでした。物理的に難しいだけじゃなく、変化を受け入れたり、みんなでもっとよくしていこうという姿勢が少なかったのです。

何かを変えるにはとてもパワーが必要です。困っている人がいても、現状に甘んじてそのままにしている方が何となくそれで済むし、楽だからです。

そういう施設の体質はなかなか変えられないだろうし、長く同じ場所に勤めたり、閉鎖的な環境なら尚のこと難しいと思います。

それでも、「子どもたちのために何かできることをしたい」と希望を持って連絡をしたのですが、結果は返事すらしないというものでした。

人と人

おしゃべりをしている女性たち

人は一人では生きていけません。必ず誰かと関わり合って生きていきます。

職場でも友達でも家族でも、人と人が認め合えたり、協力し合えたり、プラスで繋がれれば人生を豊かにしてくれます。

安心できる場所、信頼できる人がいるということは、子どもにとっても親にとっても、働いたり勉強したり、日々を生きていく上でとても重要なことです。

学校でも、学校生活が楽しいものになるかどうかは友達付き合いがとても密接に関わっています。友達の存在一つで落ち込んだり、救われたりもします。

職場でもそうで、困難な課題にぶつかったとしても、誰かを責めるのではなく、「どうしたらいいか?」を前向きに考えられるチームであれば「ここで働いていきたい」と思えます。

反対に誰かを責めたり、責任を押し付けたり、困っている人がいても知らんぷりをしたり、協力できない職場だったとしたらどうでしょう。

仮にあまり大きな問題が起きなくても、そういう職場では雰囲気が悪かったり、働いている人、または施設であれば利用者や生活している人や子どもにとっていい環境であるはずがありません。

家庭や学校、職場でもやはり一番大切なのは「人」です。ハード面の環境も大切ですが、中身である人が安定していないとすぐに破綻します。

人と人が関わることで相乗効果を生んだり、ものすごいパワーになることもある一方で、人と関わったり話す中で否定されたり追い詰められたり、どんどん気持ちが落ちていくこともあります。

誰にとっても一度きりの人生です。せっかくなら、前向きに楽しく、明るくなる方向に向かいたいですよね。誰でも後ろ向きに、苦しく、暗くなる方向には向かいたいとは思っていません。

今の環境や職場などが辛く、苦しんでいる人は、自分が自分らしくいられる場所、自分を認めてくれる場所が必ずあるはずです。せっかくなら楽しい方へ、笑顔でいられる方向へ向かっていきましょう^^

自分にできることを

畑の土から芽が出たルッコラ

わたしは施設で働いている当時、いつも職員の目や顔色を気にしていました。「子どもにとってどうか」ではなく、職員にどう思われるか、どうした方がいいかを基準に仕事をしていました。

子どものために施設なのに恥ずかしながら、当時はそのことに疑問すら抱けずにいました。ただただ、必死に認められるように、怒られないように立ち回っていました。

常にいっぱいいっぱいで、自分のことを求めてくれる子どももいたのに、本当の意味で子どもたちのことをちゃんと見ることができていませんでした。

今思うと、ただ純粋に「可愛い」とか「大好き」とか言葉で伝えたり、抱きしめたり、愛情を伝えることが本当は大切だったのだと思います。

もっとたくさんの愛情を子どもたちに伝えたかったと、今でも過去の自分のやり方を思い出して、悔しく思ったりします。

施設では「問題が起きないようにする」ことが目的ではなく、「子どもたちが抱えている苦しさをどうやったら解決できるか」を考えなくてはいけません。

本気で正面から時間をかけてぶつかること、諦めないこと、子どもの声に耳を傾けること。

こういうことを積み重ねていく中で子どもたちが少しずつ心を開いてくれ、ようやく本音が見えてくるのだと思います。

そう気付くことができたのは後になってからで、わたしはSOSを出している子どもたちに対してきっとトンチンカンな対応をしていました。

「問題を何とか収めたい」そのわたしの本音を子どもたちは見抜きます。だからこそ、根本的に問題が解決できなかったと思うことがたくさんあったのだと思います。

問題に対して後から対処をするだけで、本当の意味での問題の解決やその経緯で子どもたちがどんな思いでどんなことをやっていたのか、知ろうとする姿勢ではありませんでした。

本気でぶつかること、向き合い続けることが何より大事だったのだと思います。

しかし、過去はもう変えられません。至らない職員であった自分への後悔、子どもたちへの申し訳なさ、それは変えることができません。

でも、なかったことにもしたくありません。変えられない後悔や申し訳なさも忘れずに背負っていきたいと思っています。

過ぎた過去やまだ来ていない未来じゃなく、自分にできることは今できることをするだけです。もう人目を気にして、自分が自分らしくいられないような生き方はしないと決めました。

少なくとも施設の園長にとってはわたしの申し出はありがた迷惑でしかなかったのかもしれません。でも、どんなことをしても否定的な意見を言う人は必ず存在するものです。

人の目や顔色を必要以上に気にしない、自分をごまかさない、人の考えや空気に囚われたりする生き方はもうやめました。

それよりも、自分で自分の選択や行動が誇れるように、まだ幼い息子にその背中を見せられるように進んでいきたいなと思います。

もやもやした気持ちはありますが、考えてもどうにもならないネガティブなことに時間を使うのはもったいないです。

それよりも、今できることや楽しいことに前向きに向き合った方がずっといいですよね。そうして、これからも「自分にできること」を探して考えて行動していきたいと思います^^!

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