田舎の農家に嫁いで3年目。地域に根ざして暮らすとはどういうこと?

風に揺れるススキと太陽 暮らし

都会から田舎へ嫁いできて、農家を始めていろいろなことを経験しました。地域と関わり、義理の両親と住み、子どもが生むまれて家族が増え、たくさん悩んだり、泣いたりした2年半でした。

それでも、嫌なことやしんどいことばかりじゃなく、人に助けられたり、家族や地域の繋がりの大切さも教えられました。

ここでは、地域に根ざして暮らすということ、義理の両親を含めて家族として地域で生きていくことについて考えてみたいと思います。

田舎の農家に嫁ぐ

たくさんの野菜を持っている女性

わたしは、海外ボランティアで知り合った同期と結婚し、地元の関西を離れ北海道へ嫁ぐことになりました。

夫の実家は農家をしていて、夫は農家を継がない予定でしたが、いろんな仕事を経験し、やっぱり父のような生き方がしたいと考え実家へ帰ることを決めました。

一緒に北海道へ引っ越してきたのが、一昨年の夏。そこから地域での生活、農家としての日々が始まりました。農業は夫に合っていたようで、とても楽しんで毎日農業の勉強をしています。

農家は、特に土日など決まった休みはありませんが、朝早く始めればその分早く終わることもできます。天気が崩れると畑に入れなくなるので仕事が休みになったり、冬は数ヶ月まとまった休みができます。

またいろんな作物を作っていて、一つの作物を収穫するまでの工程もたくさんあるので、仕事内容も多岐にわたります。同じことの繰り返しでなく、毎日仕事内容がいろんなものに変わるのも新鮮で良かったようです。

義父と2人でやっているので、働く時間や休みなども柔軟に対応できます。わたしが妊娠していた時は、毎回の妊婦健診や両親学級へも夫が一緒に行けるようにと、義父が取り計らってくれました。

中には親子の折り合いが悪く、農家を辞めていってしまう人もいますが、夫と義父は時にはケンカ(?)しつつもうまくやっているようです。

こんな風に働きやすく、夫に合った働き方や仕事を見つけることができたのは、本当に大きなことでした。「明日も仕事だって思うのが嫌じゃないのは初めて」と夫は嬉しそうに言っていました。

自然豊かな田舎で、夫が毎日楽しく仕事ができて、子どもをのびのびと育てることができる今の生活がすごくありがたいと感じています。

自分たちの生き方

前方を指差す男性と家族

北海道への移住を決める何年も前のこと、わたしは子どもの施設を退職し、夫は陸上自衛隊を辞め、海外ボランティアに行くことを決めました。

自分らしく生きることを目指して仕事を辞め、アフリカでのボランティアに挑戦することで日本にいた時には経験できないことも学ばせてもらいました。

そうして、やっぱり自分たちは自分たちらしく、心から望む生き方をしていきたいと思ったのでした。

そういう経過があり、帰国してからはわたしが働きたかった職に就き、紆余曲折ありましたが、最終的に夫と共に北海道へ渡り、農家になることを決めました。

世間がどうとか、周りがどうとか、人の評価や視線を気にせず、自分たちらしくいきいきと暮らしていくことが自分たちの中でとても大事な軸となりました。

地域の付き合い

手を振る家族

「自分たちは自分たち」という考え方が強まっていきましたが、田舎の地域で暮らしていくうちにジレンマが起きてきました。

まず、農家の集まりがとても多いこと。もちろん、必要な話し合いや研修などはいいのですが、大事な話でもなかなか進まなかったり、脱線したり、とても時間がかかります。

そして、飲み会がとても多いのです。農家はそれぞれが個人事業主となりますが、地域で協力して生産する作物や、共同で使っている農業機械もあります。

そうした関係で、いろんな集団に入る必要があり、それぞれの集まりや飲み会がたくさんあるのでした。飲み会は楽しいものかもしれませんが、自分が好きで行く飲み会と行きたくないけれど行く飲み会、これは全然違いますよね。

本当は飲み会自体に行きたくない夫。それでも、みんなで協力した後の打ち上げなので行かないわけにもいきません。それが地域の繋がりです。

でも、飲み会自体は仕方ないとして、その後2次会もあり、そこにも基本的に全員参加という雰囲気があるそうで、それには驚きました。1次会で帰るのは帰りにくい空気になるんだそうです。

わが家は結婚したばかりで、さらにわたしが地方から嫁いできていることで知り合いや友達がいないことを周りも分かってくれていました。

なので、夫はわたしが寂しがるからという理由で2次会には行かず、しばしば早く帰ってきていました。出産後は、子どもが生まれたばかりだから、まだ子どもが小さいからと言って帰って来ていました。

でも、そもそも2次会に「行かなきゃいけない」のはおかしいんじゃないかなと思います。本当は行きたい人が行って楽しむべきものです。

だからこそ、夫は就農してすぐの段階からこの地域では珍しい「1次会で帰るキャラ」というのを定着させようとしていました。

そうすれば、周りも「あいつはそういう奴なんだ」という認識になります。そうなってしまった方が楽だと思ったのです。

このことで、周りにも少なからず影響があり、夫の他にも1次会で帰る人が出てきました。夫と同じように子どもが小さい家庭の人や、そもそもそんなに飲み会が好きでない人などです。

飲み会を否定するわけではありませんが、飲み会に出るのを強いるのは違うと思います。地域の助け合いや協力する姿勢は大切だし、素敵なことです。

でも、その繋がりは一転、付き合いという名のしがらみになってしまうこともあります。地域の集まりがみんなにとって嫌な思いをすることなく、楽しく集まれる場になるといいなと思います。

必要な話し合いや会議はもちろんですが、せっかくみんなで頑張ったご褒美に食べるごはんや飲むお酒は楽しく、行きたい人が行って、帰りたい人は帰る、それが自由で自然な形になればいいなと思います。

祖母が教えてくれたこと

抱き合う祖母と孫

わたしたちは自分たちの望む生き方をすればいいと当初は思っていたので、地域で暮らしてからは「何で?」と思うことも増えました。

すでに話した飲み会のことや、田舎や地域ならではの「こうするもの」という考え方、地域から見るとわたしたちは夫婦だけでなく、義理の両親を含めての家族ということ。

いろんなしがらみがあって、正直煩わしいと思ったことも一度や二度ではありません。でも、この地域で暮らすようになって3年目になり、ようやく心の中のもやもやしたものがすっと溶けていくような気がしています。

きっかけは、義父の母が亡くなり、葬儀で夫が弔辞を読んだこと。そこでも一悶着あり、一時は悪い空気が流れたのですが…。

もともと訳あって祖母に育てられた夫は、祖母への思い入れが強くありました。老後は認知症になり、老人ホームで生活していましたが、食事を受け付けなくなり、病院に入院するようになりました。

コロナ禍でなかなか病院の面会にも行けない日々でしたが、会っても誰か分からず話すこともできない祖母の姿にかつての面影はなく、夫は複雑そうでした。

そうして長い時間が流れ、祖母は病院でその生涯を終えました。そして、葬儀でいざ弔辞を読むため、夫が祭壇の前に立った時、祖母との思い出が思い出され、夫の中で思いが溢れました。

声を詰まらせながら、涙で声を震わせながら読んだ夫の弔辞は祖母への愛情と感謝の気持ちがとても伝わるものでした。

弔辞を半ば押しつけられるような形で引き受けたことで、嫌な気持ちになっていましたが、祖母との思い出を振り返ってそれを祖母の前で、みんなの前で声に出して伝えたことで夫の中にも変化があったようです。

弔辞が終わってから、いざこざがあった姉たちから「すごく良かった。ありがとう」「あなたに頼んで良かった」と言ってもらえ、夫も素直に「こちらこそ、こういう機会をくれてありがとう」と言っていました。

そこから、ずっとイマイチだった家族関係が少し良くなったのをわたしも感じました。姉弟間もそうだし、両親ともみんなが楽しそうに笑って過ごせる時間はわたしにとっても嬉しいものでした。

いろんなことがあり、姉弟や両親とも心の距離がありましたが、ちゃんとこちらからも歩み寄らなきゃいけないな、という気持ちに夫もわたしもなりました。

わたしも、義理の両親に対して気を遣っている部分や価値観や考え方が違うことで戸惑ったり、理解できないこと、しんどいことがたくさんありました。

それでも、両親はわたしがここに来た時から変わらず家族として温かく迎え入れてくれていました。そのことに感謝しなくちゃいけないな、と頭ではなく、心で思えた気がしました。

祖母が最後に「みんなで仲良くするんだよ」ということを教えてくれたように感じてなりません。わたしは元気だった頃の祖母に会うことはできませんでしたが、「気付かせてくれてありがとう」と言いたいです。

地域で暮らすということ

仲良さそうな家族と田んぼ

地域に根ざした田舎の農家として生活することは、都会で暮らすように「自分は自分」と好きなように、個人の自由に…とはいかない部分があります。

地域との繋がりや関係性を大事にするので、それがしがらみのように感じることもあります。

本当は、自分たちの思い描くままに好きに生きてくつもりでした。でも、ここで暮らしていくということは、自分個人だけじゃなく家を背負って生きることになります。

義理の両親が積み上げてきた地域との繋がり、関係性、それとわたしたちも繋がっています。わたしたちの立ち振る舞いは義理の両親にも影響します。

ここで暮らしていくために、自分もこの地域の一員としてやるべきこと、歩み寄るべきこと、協力すべきことがあるんだなと気付いた3年目の冬です。

地域の女性の会というものもあって、何だか少し敬遠していましたが、地域の人を知ること、地域の輪に入ってみることも必要なんだなと思いました。

これからは、その地域のコミュニティに入って、その中で周りの人と関わり合いながら、協力し合いながらやっていこうと思います。

自分の中には地域の付き合いやコミュニティにネガティブなイメージや先入観もあったので、そこは自分から心を開いて一歩踏み出さなきゃいけないなと思います。

時には付き合いも出てくるとは思いますが、それもまた必要な経験なのかもしれません。肩の力を抜いて、ほどほどの精神で気楽に、地域の人一人ひとりとできるだけ楽しみながら関わっていけたらなと思います^^

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