死を考えることで生き方が見えてくる。今を生きるために死について考える

街の方を向いて座っている後ろ姿の女性 生き方

今を平和に、幸せに生きる人にとって死は遠いものかもしれません。その幸せな時間はいつまでも続くと思うし、そんな人生が突然終わるとは思わないでしょう。

でも、そうではないのです。死はいつ誰のもとに訪れるか分からない。死を目前にしたとき、人はどう感じるのでしょうか?そのときにあなたはどんな思いでいたいでしょうか?

死と向き合うことで、気付くこと、見えてくるものがあると思います。自分の死というものは、普段の生活ではあまり考えないものかもしれませんが、死を意識することで今を見直すきっかけになるのではと思います。

死ぬってどういうこと?

宇宙空間の景色

死後の世界や生まれ変わりなど、そういったものがあるのかどうかは分かりません。人それぞれに考えや信じるもの、こうであってほしいという願いがあると思います。

もしかしたら、死後の世界もあるのかもしれないし、生まれ変わりもあるのかもしれません。実際に、生まれてくる前の記憶、胎内記憶というものがある小さな子どももたくさんいるといいます。

お母さんのお腹の中でのことやお腹にくるまでのことを覚えていて、その話をする子どもたちはみんな同じようなことを言っているというのも興味深いですよね。本当にそんな世界をみんな通ってきているのかもしれません。

いずれにせよ、死ぬということはこの世からいなくなるということです。今、生きているこの自分の人生は終わりを迎えて意識がなくなり、体は動かなくなる。

体は火葬されて、自分の存在はなくなります。魂がどうなるのかは分かりませんが、今の自分として生きることはもうできません。この世で生きてきた自分が無くなるということです。

自分の死について考える

手を重ねる赤い服を着た人

死んだらどうなるんだろう。そんなことを子どもの頃に考えたことがあります。わたしは、生まれてくる前のことを覚えていないように、死んだらまたそう状態に戻るのかなぁと思っています。

地球や宇宙にも存在せず、どこにも存在しない。何も感じないし、何もすることができない。その時間がずっと続く。そう考えると何だか無性に怖くなったものです。

でも、もしかしたら死後の世界があるのかもしれないし、生まれ変わりもあるのかもしれない。今の人生もすでに他の人生からの生まれ変わりかもしれない。

もしくは、1度生きたらその人生で終わりなのかもしれない。死んだら「無」に還り、どこにも存在しないのかもしれない。「何もできず、何も感じない」という自分を認識することもできないのだとすると、そこには怖さも何もないのかなとも思います。

ただ、世界が存在するだけ。死んだ後のことを考えると無性に不安になったり、心細くなったりもするかもしれませんが、やっぱり死後のことは考えても分からないし、確かめることもできません。

それなら、自分にとって、「こうだったらいいな」という願いや希望を信じていていいんじゃないかなと思います。

死んでしまうと、自分はこの世からいなくなる。でも、自分の家族や友人、同僚や仲間などまだ生きている人の中には残ります。死んでしまっても、会うことや話すことができなくなっても、思い出の中に残っています。

死んでしまったときは悲しくて、毎日思いをはせていても、そのうち思い出す頻度も減っていってしまうかもしれません。でも、それは自然なことで、誰も悪くないし、悲しいことでもありません。

それはきっと、生きている人が亡くなった人のことを受け止めて、前を向けたということだと思います。受け止めることができたら、悲しむだけじゃなく、その思い出を大事にできると思います。

意識していなくても、ふとしたときに過去に過ごした思い出を思い出して懐かしく感じたり、亡くなった人のことを想ってあたたかい気持ちになったりすると思います。

死んでも人の中には生き続けると思うので、わたしも人生を終えたあと、そうして誰かの中に残って思い出してもらえたら嬉しいなぁと思います。

今を生きること

光と葉っぱがぼやけている光景

死についてや自分が死ぬことについて考えてきましたが、これからが一番大事なことです。

死んでしまったあとはもうどうすることもできません。生き返ることも、同じ人生を生き直すこともできません。だからこそ実際に死が訪れたとき、「死にたくない」と人は思うのかもしれません。

でも、そのときが訪れたら誰にも止められません。誰でも、長く、元気に、楽しく生きていたいし、幸せに暮らしたい。

いつ訪れるか分からない死に直面したとき、後悔しないというのは無理かもしれないけれど、できるだけその後悔を少なくすることはできると思います。

それは、ただ何となく毎日を生きるのではなく「今」を生きること。

嫌だなぁと思いながら仕事に行って時間の中でとりあえず仕事をこなしたり、かったるいと思いながらダラダラと学校に行ったりすることって誰にも覚えがあると思います。

わたしにもあります。今を何となく過ごしているとすべてが当たり前に感じて、ただ単純に毎日を惰性で繰り返すことになってしまいす。それが普通かもしれませんが、それではもったいないと思うのです。

いざ、死を突きつけられたとき、「こんなはずじゃなかった」「もっとこうしておけばよかった」「もっとしたいことがあったのに」こんな風に思ってしまうのではないでしょうか。

実際に、死ぬときに何に後悔するかという調査で、「やりたいことをやっておけばよかった」という意見が一番多いそうです。

人は、死が誰にも必ず訪れることを知っていながら、自分に訪れるのはずっと先だと思っています。仕事をがんばって、結婚して家庭をもち、子どもが生まれて大きくなって、老後は穏やかに過ごして死を迎える。そんなイメージが誰の中にもあるかもしれません。

でも、突然事故に遭うかもしれない、災害が起きたり、事件が起きて巻き込まれるかもしれない。そして、それは今日かもしれない。

人は、今の生活がこのまま続くとなぜか思ってしまうので、なかなか死を身近に感じることはないかもしれません。でも、実際に毎日たくさんの人が命を落としています。ニュースでもいろんな報道がされています。

自分がその当事者にならない保証なんてどこにもないのです。それなら、どうしたらいいのか。今を大切に生きるしかないのです。

死や人生の終わりを意識して、今は今しかないのだと気付いたとき、日常の見え方が変わるかもしれません。

未来を変える

青空に飛んでいくタンポポの綿毛

少なくとも、確実に生きているのは過去と今だけです。今の次の瞬間の未来から、実際に何が起こるかは分かりません。

短い命かもしれないし、長く生きるかもしれない。いずれにせよ、死を前にしたとき、「死にたくない」「もっと生きたかった」と思うかもしれないけれど、後悔の中身は変えることができます。

「やりたいことをやっておけばよかった」「家族をもっと大事にすればよかった」「大切な人にもっと感謝を伝えておけばよかった」

こういう後悔は、死を意識して「今」を大切に生きることで変えていけるんじゃないかなと思います。自分や自分の大切な人がいつ死んでしまうか分からない。

だからこそ、今の自分の人生や時間を大切にすること、本当にやりたいことは何なのか考えて、それに挑戦すること。

そして、大切な人の人生も大切にすること、支えてくれた人に感謝することができるんじゃないかなと思います。

人の抱える問題や悩みはそれぞれなので、前を向いて生きることが難しい人もたくさんいると思います。

立派な生き方をしなければいけないと言っているわけではなく、自分の死について考えてみたときに何を思うか。生きている今をどうしたいと思うか、そんな自分の心と向き合ってみてほしいなと思います。

そして、そこで感じた「こうしたい」「こう生きたい」という思いを大切にして、一歩を踏み出して行動することができたならまた違った人生が送れるのではないかなと思います。

今を生きるために、死について考える。死と向き合うことで大事なことに気付けるのだと思います。死という終わりがあるからこそ、いつ終わりがくるか分からないからこそ、今を大事に自分の心に正直に生きていきたいですね。

わたしがこうして死について考えるようになったのは、「あした死ぬかもよ?人生最後の日に笑って死ねる27の質問」という本を読んだことがきっかけです。

自分の死について考えたり、自分の人生や生き方について考えさせてくれた本です。どう死にたいか、そのためにどう生きていきたいか、27の質問を自分自身に問いかけ、考えながら読み進めていく本です。

「もしも明日死んでしまうとしたら、あなたは誰と一緒にいたいですか?何をして過ごしますか?」ぜひ一度、手にとって読んでみてほしい、おすすめの本です。

次回は、その死が家族やパートナーに訪れたとき、どう生きていくかということについて考えていきたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^ また次回もぜひ読んでもらえると嬉しいです♪次回の記事はこちら▽

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