同性を好きになったらどうしたらいい?誰を好きになってもOK!

ハートの形に切り抜かれた葉っぱ 生き方

前回は、「同性を好きになるってどういうこと?異性を好きになるのとどう違う?」ということについて説明しました。

今回は、実体験をふまえて「同性を好きになったらどうしたらいい?」ということについて書いていきたいと思います。

前回の記事はこちら▽

同性を好きになることと葛藤

激しく波打つ水滴

わたしが同性を好きになったのは社会人になってからのこと。もともと、これまで好きになったり付き合っていた人は異性で同性を好きになったことはありませんでした。

自分の心の性にも悩んだりしていたわけではなく、同性を好きになるということは想像もしていませんでした。好きになるのに何か特別なことがあったわけではなく、ある人と仲良くなってよく遊んでいるうちに「もっと会いたいな」と思うようになりました。

相手も楽しそうにしてくれていて、わたしも楽しかったので、最初はただ仲のいい友達と思って会っていました。でも、次第に自分の気持ちが恋愛感情であることに気付いた時、正直すごく焦りました。悪いことをしているかのような気持ちになって「どうしよう…」と悩みました。

周りに同性のカップルや同性を好きという人を知らなかったわたしは、誰にも打ち明けることができず、自分でも自分の気持ちをどう解釈すればいいのか、どう受け止めればいいのか分からずに悩んでいました。

悩みましたが、会いたい気持ちは変わらなかったので、気持ちを打ち明けないまま友人関係を続けていました。「このままずっと気持ちは伝えない。仲のいい友達のままでいい」と思っていました。

気持ちを伝えようとも思っていなかったし、伝えて叶うものでもないと思っていました。そのくらい、これまでの自分の人生には想定になかった「ありえない」ことだったのです。

しばらく一人で悩んでいましたが、「それでもやっぱり好きなんだな」とこの気持ちをだんだん自分で受け止められるようになってきました。  

人に打ち明ける

白い花を持つ女の子と女性

ある時、家族に打ち明けることができました。言うときはすごく緊張して、どう反応されるのか怖くもありましたが、否定することもなくわたしの気持ちを受け止めてくれました。

そのことで、自分の気持ちがスッと軽くなったのを覚えています。最初の頃、自分でも自分で受け入れることのできなかった気持ちを、人に伝えて、受け入れてもらえたことで、「あかんことじゃないんや」と思えました。

そうして、同性を好きな自分を「このままでいい」と思えるようになりました。

人を好きになるのに性別は関係ない

ハートの形の白と黄緑色のひもと小さな花

わたしの場合、異性を好きになったり、異性と付き合ったりしてきて、同性も好きになったので、自分はバイセクシュアルなのかなぁと思っていました。でも、調べていくうちに、パンセクシュアルの方がしっくりくるということに気付きました。

バイセクシュアルは、男性と女性の両性に恋愛感情を抱くセクシュアリティです。一方、パンセクシュアルは恋愛感情を抱く相手のセクシュアリティ(性)を条件としていないのです。

わたしが同性を好きになった感覚としては、相手が同性だから好きになったのではなく、「気付いたら好きになったのがその相手だった」という感覚でした。男性のその人だから、女性のその人だから好きというよりも、その人がどちらであっても人として好きだと感じました。

何をしていても、どこに行っても、何気なくたわいもない会話ややりとりがただ楽しくて仕方なかったのです。人間として、ただ丸ごと好きだと思ったとき、その人が女性であるとか、同性だからとかそういう感覚は全くなく、「その人だから好き」なんだなと思いました。

相手が男性であるか女性であるか、または中性的な人であるかが恋愛感情に関係ないというパンセクシュアルという概念を知った時、自分の感覚はこれに近いと感じて何だか納得しました。

同性と付き合う

ペアルックで腕を組む2人の女性の後ろ姿

わたしは好きになった同性に想いが通じて、付き合うことができるようになりました。相手もそれまでは異性との付き合いをしていた人なので、同性として付き合うのはわたしが初めてだったんじゃないかと思います。

相手も、わたしと同じで男性、女性という枠組みでなく、人として好きになってくれたように感じています。

限られた信頼できる人以外には公表することができなかったし、周りに隠して付き合うことになりましたが、一緒に遊ぶ分には仲のいい友達に見えるので特に問題はありませんでした。

一定、本当のことを知られたくない人には、いつも一緒にいるということを知られたり怪しまれたりしないようには気を付けていました。

わたしはこれほどまでに好きだと思えた人はそれまでいなかったし、これからもいないと思っていたので、この人と一生一緒に生きていきたいと思っていました。相手もそう言ってくれていて、2人でずっと一緒に生きていこうと話していました。

「結婚してみたかったな」という思いや「2人の子どもがほしかったな」という思いはありました。でも、「結婚できなかったり、子どもができないことは仕方ない。それよりも2人で生きていきたい」と思っていました。

2人だからこその人生の楽しみ方もあると思ったし、2人でずっとこのまま楽しみながら年を取りたいと思っていました。けれども、これほど将来も真剣に考えた相手でしたが、いろんなすれ違いから最終的には一緒に生きていくことはできませんでした^^;

同性でも結婚できる、里親になれる

スーツ姿で手を繋ぐ2人の男性

同性での結婚は海外では進んできていて、世界では同性婚が認められている国が増えてきています。日本ではまだ法律上、同性婚は認められておらず遅れている状態です。

海外ではそういった性の多様性が認められていることで、「将来は海外に住んで結婚して暮らすのもいいな」と当時は考えていたりもしました。誰に隠すこともなく、のびのびと自由に行きたい場所に行きたい人と手を繋いで行けるのは素敵だなと思いました。

婚姻関係がなくても一緒にいられることが大事という人もいると思いますが、婚姻関係がないために困ることもあるようです。社会的に認められていないことで、相続の問題や命に関わる時にそばにいられなかったり、パートナーの子どもを育てていても親権者にはなれないなどです。

また、里親などの制度を利用して2人で子どもを育てることもできるかもしれませんが、わたし自身は同性カップルであることがまだまだ社会的に受け入れられにくいことで子どもが苦しんでしまうんじゃないかと心配して選択肢から外してしまいました。

でも、実際に同性のカップルが里親認定されたケースがあります。「同性だから」と、それが特別なことじゃなく当たり前のことになるには、社会の風潮に負けずこうした挑戦が必要なのだと思いました。

それに、「誰が誰を好きになってもいいんだよ」と認められる社会になるために、子どもたちへの性の教育も大切です。子どもたち自身が自分らしく生きるために、または人が自分らしく生きることを受け入れられる人になるためにもそういった事柄を避けるのじゃなく、子どもと一緒に学んでいく姿勢が大切なんだと思いました。

人の数だけそれぞれの好きの形、生き方があっていい

虹色の傘を持った2人の男性

人目を気にすることなく、好きな人と手を繋いで歩く、そんな当たり前のようなことでも、日本では勇気がいります。結婚でなくても、付き合うだけでも日本ではLGBTQの認知度が低く、知らない人や受け入れられない人がまだ多いのではないかと思います。

大多数の人の意見や当たり前が、「正しい」「常識」ということではありません。自分や多くの人とは違った考え方や価値観、生き方があっても当たり前なのです。人の数だけそれぞれにいろんな好きの形や生き方があります。

誰が誰を好きになって、どう一緒にいようと、それは異性同士のカップルと何も変わりありません。特別なことじゃないと当たり前のことのように受け入れられる社会になることが大切です。

それはLGBTQだけでなく、病気や障害の有無、国籍や肌の色など、どんな人でもその人らしく生きていける社会になることに繋がるんじゃないかなと思います。自分や人と違うところがあっても、違うからこそ面白い、違いをポジティブに受け入れることが必要だと思います。

表面的に見えるその要素は、その人を構成している要素の一つでしかありません。その要素だけでその人がどんな人かなんて誰にも分かりません。

性格や中身はちゃんと知ろうとしないと見えてきません。人として向き合って知ること、関わり合うことでいろんなその人らしさ、その人の思いに触れてどんな人なのか知っていけるのだと思います。

そうして、人を外見や情報だけで判断するのではなく、まずはその人の中身を知って人と人との付き合いができるようになればいいなと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^また次回お会いしましょう♪

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