同じ言葉や行動を繰り返してしまう…これって強迫性障害(強迫症)?

セクションマークに囲まれた顔を覆った女性 体のこと

これは、わたし自身が経験していることで、実際に強迫性障害なのかは分かりません。でも、その可能性が高いのではないかなと思っています。一体、どんな症状なのか?何に困っているのか?どうしたらいいのか?について考えていきたいと思います。

同じようなことで悩んでいる人が、「自分だけじゃないんだ」と思って楽になれたり、少しでも前向きになれるような助けになれば幸いです。

言葉が頭から離れない…これはなんだ?

アルファベットが出てくる本

わたしの記憶では小学校の高学年くらいのこと。頭の中に浮かんだ言葉を反芻するように何度も繰り返さないと頭から離れないということが起き始めました。

それは特別な言葉ではなく、コマーシャルで流れていたフレーズだったり、耳に入ってきた何気ない言葉だったりしました。例えば、学校で必ず必要な持ち物で忘れちゃいけないと思うような重要なものというわけでもありません。

本当に何でもない言葉で、そこに意味はありません。その言葉を頭の中で繰り返すことにも意味はありません。無意味だと分かっているのに繰り返さずにはいられない。そのことで頭がいっぱいになるのです。

また、何の意味もない言葉の繰り返しの他に強く症状が出ているものがありました。それは、翌日の時間割りです。時間割り表を見て、次の日に必要な教科書やノート、削った鉛筆、持ち物などを準備して鞄に入れます。

ちゃんと準備して鞄に入れていることは分かっているけど、本当に入っているか何度も何度も確認せずにはいられず、その繰り返しに時間をかけていたように思います。

これは、本当に忘れ物が心配で確認しているわけではなく、鞄に入れたことは分かっているんだけど確認せずにはいられないという感じでした。

入っているか確認してまた入れる、また気になって確認するの繰り返しです。当時のわたしはこのおかしな症状に困っているというよりは、常にいろんな言葉やものが気になり、そのことで頭がいっぱいで何も考えられない状態でした。

強迫性障害の可能性

暗い曇の向こうに見える晴れた空

わたしはこの症状のことで病院に行ったり何かの診断を受けたことはありません。わたしのおかしな行動を心配した両親が病院に相談に行ったことはあったようで、わたしが行きたかったら一緒に行こうと言われたけど、結局行かなかったので、わたしが行かないと言ったのだと思います。

そのときは、お医者さんに自律神経失調症の可能性を指摘されたようで、いつかその言葉を思い出して調べたことがありますが、自分には当てはまらないなと思いました。

そして、自分は強迫性障害かもしれないと思ったのは、大人になってから何かのテレビで見たのか強迫性障害のことを知ったことがきっかけでした。

強迫性障害とは?

強迫症ともいい、自分の意思に反して不合理な考えやイメージが頭に繰り返し浮かんできて、それを振り払おうと同じ行動を繰り返してしまう病気のこと

この繰り返し頭に浮かんでくる、こうしなきゃいけないと感じることを強迫観念といい、それを振り払おうと何度も繰り返してしまうことを強迫行為といいます。

強迫観念は抑えようと思っても自分で抑えることができず、その不安を打ち消すために無意味な行動を繰り返すのだといいます。そして、強迫性障害にはいくつかの種類があります。

  • 不潔恐怖と洗浄
  • 加害恐怖
  • 確認行為
  • 儀式行為
  • 数字へのこだわり
  • 物の配置、対称性などへのこだわり

不潔恐怖は、汚れることへの恐怖から手洗いや入浴、洗濯などを過剰に繰り返したり、人が触ったと思う吊り革やドアノブに触れない症状です。手を洗っても洗っても汚れているような気がして何度も洗ってしまうという症状を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか?

加害恐怖は、何もしていないことが分かっていても、誰かに何かの危害を加えたのではないかという不安が頭から離れず、新聞などに出ていないか何度も確認することです。

確認行為は、戸締りやガスの元栓、電気のスイッチを何度も確認したり、指差し確認をしたり、手で触って確認したりすることです。ここで、自分に当てはまるんじゃないかと思ったのが、確認行為です。

わたしの場合、戸締りやガスの元栓、電気のスイッチなどにはあまり当てはまらなかったですが、強迫観念や強迫行為という考え方や自分の行動を何度も確認するという点で同じものなんじゃないかと大人になってから気付きました。

無意味だと分かっていても止められない

トンネル状になった大量の本

この症状のしんどいところは、無意味だと、やりすぎだと自分でも分かっているのに止められないことです。強迫性障害かもしれないと思うまでの間、わたしはただ自分が変なのだと思っていました。

やめたくてもやめられないと自分では思っているけど、それをやっているのは自分自身で、それを人に説明するときは自信をもって自分ではどうしようもないんだと言っていいのか分かりませんでした。

自分が強く確認行為を我慢すればいいだけで、我慢できないからやめられないだけなんじゃないかと思っていました。なので、自分が強迫性障害かもしれないと思ったとき気持ちがちょっと楽になりました。

日常生活に支障をきたす

雷が落ちて光っている曇と空

一番症状がひどかったのは、症状が出始めた小学生のころでした。症状が出てから、わたしの様子が変なので家族もその変化に気付き始めました。症状がエスカレートしていき、時間割の準備が終わらないことや寝る前にもいろんなことが気になり出して部屋をウロウロ…。

朝も登校する時間になっても確認行為がやめられず、時間に間に合わせられない。学校でも、休み時間に一人で廊下に出ては気になったフレーズをブツブツ繰り返していた覚えがあります。

小学校の高学年なので、人の目や友達付き合いなどを気にする年頃かと思いますが、そんなことが全く気にならないほどわたしの頭の中は確認行為や気になることでいっぱいでした。

周りからは不審に見えていたかもしれません。実際に何かのタイミングで担任の先生から「最近、よく一人でいるけどどうしたの?」と心配されていました。

家族も巻き込む

夕暮れに手を繋いで散歩する親子

わたしの行動がおかしいことは分かっていても「これは一体何なのか?」「なぜ起こっているのか?」わたしにも家族にも分かりませんでした。

当時、強迫性障害かもしれないという考えには家族の誰にも(おそらく)なかったので、両親は困っていました。両親とも心配していたと思うし、どうしていいか分からなかったと思います。

当時のことをわたしはあまり覚えていません。断片的にこういう行動を繰り返していたなぁという感覚です。そのときどんなに苦しんだとか辛かったとかそういう感覚はありませんでした。

家族からの提案で(確認行為で)長すぎるお風呂のために時計を置いてみたりしていた気がします。最初は「時計を見て何分でお風呂から上がっておいで」と言っていた父ですが、わたしの行動が何も変わらず、ずっと続くことで怒るようになりました。

どうしていいか分からなかったんだと思いますが、当時は病気だという認識もなかったので、「言うことを聞かない」と思ったのか「怒ってでもやめさせなきゃいけない」と思ったのかよく怒られた気がします。

手をあげられたこともありました。でも、不思議なことに恐怖を感じた記憶はありません。やはり、ただただ気になることで頭がいっぱいでした。「どうしよう」「怖い」「やめてほしい」といった感情があってもいいと思いますが、そういうことを考える余裕もなかったのか、防衛的に記憶がなくなっているのかは分かりません。

わたしも困っていましたが、家族としてもどうしていいか分からず、改善もせず困惑していたと思います。家族みんなを集めての家族会議というものも開かれた気がしますが、どんなことを話したのかは覚えていません。

そんな時期を過ごし、その時期は家族にとってもしんどい期間だったと思います。それからある日突然、症状が改善するときがやってきたのです。

今回はここまでです。次回はこの続き、症状が改善されたきっかけやその後について書いていきたいと思います。次回も読んでもらえるととても嬉しいです^^ 次回の記事はこちら▽

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