これって強迫性障害かも?改善したきっかけと症状と付き合っていく方法

望遠鏡を覗いている小さな男の子 体のこと

前回は、同じ言葉や行動を頭の中や実際に何度も繰り返してしまう症状が小学校高学年のころから出てきたことや、それが強迫性障害の可能性があること、わたしの症状や家族への影響などについて説明しました。

今回は、その後あるタイミングをきっかけに改善したことやその後について話していきたいと思います。前回の記事はこちら▽

劇的に改善したある日

風に吹かれて飛んでいくタンポポの綿毛

当時の記憶はおぼろげですが、改善したときのことは覚えていて、いつも通り寝る前に何やらもやもやと気になって、言葉を繰り返したりしているとき、ふと「まぁ、いっか」と思えたのです。

その時になぜそう思えたのかは分かりません。ただ、そう一言思えた瞬間にすっと眠れた記憶があります。その辺りから、生活に支障が出るくらいの症状が出ることはなくなったように思います。

もっと特別なきっかけがあったり、特別な考え方をして、「こうしたら改善するかもしれない」と言えたらいいのですが残念ながらそれは分かりません。

ただ、「まぁ、いっか」と思えることは本質的にすごく大事なことのような気がしていています。強迫性障害は理屈でなく「こうしなきゃ気が済まない」ということが頭から離れないので、それを理屈でなく「もうしなくていいんだ」と思えることは強迫観念からの解放なのではないかなと思います。

それから20年

古くなって破れているカレンダー

それから約20年のときが流れました。わたしは30歳を超え、結婚し子どもも生まれました。家庭をもった今の生活は穏やかでとても幸せに楽しく暮らしています。

でも、強迫性障害の症状のようなものは今でも続いています。小学校の頃のひどい時期の症状は改善されてから落ち着いていますが、それ以降は人目につくような症状はないものの、主に頭の中で言葉がぐるぐると繰り返されて離れないという症状はなくなりませんでした。

例えば、打ったメールの文を何度も何度も読み返します。読み返して誤字脱字がないか確認するのは誰でもすることかもしれませんが、それがわたしの場合は時によりますが5回以上しても気が済まないこともあります。

この書いているブログの記事の読み返しなども、ある一部分が気になりだすとそこだけで5〜10回読み返したりします。本当は1回読み返せばメールでもブログでも誤字脱字や言い回しがそれでいいかの確認はできます。

「これでOK!」ということはその時に分かってはいます。それでも、本当にそれでいいのか不安になり、それを解消したくて何度も何度も繰り返してしまいます。

他には、テレビで聞こえた言葉、セリフやナレーション、人との会話で耳にした言葉など、大事だなと思った言葉の時もあるし、何でもない言葉の時もありますが、何かが気になった時わたしの頭の中でその言葉を繰り返し反芻せずにはいられなくなります。

反芻したからどうなるわけでもないのですが、とにかく繰り返す。または、言葉を聞いてその意味を考えて、その言葉や意味を「こういうことか」と分かった後もその言葉と意味の確認が止まらなくなります。

これにはちょっと困っていて、そうなってしまうと頭の中がそのことでいっぱいになるので、他のことが手につかなくなります。夫と話をしても上の空になったり、料理や他の用事をしていても手が止まって思考も止まってしまいます。

他の人と会話している最中にそうなってしまうと、話をしているようでちゃんと話を聞けていないときがあります。また、1日にやるタスクがあって、いくつかできていくつか残っているようなとき、何ができていて何が残っているのかという確認も日々あります。

ごはんは炊いた、このおかずは作った、洗濯物はした、あとはこのおかずと息子のごはんと…そういった一見普通の確認も何ができていて何がまだなのか分かった後も続いてしまいます。

火の消し忘れがないか何度も見たりボタンを触って確認したり、片付けたものがちゃんと決めた場所に片づけられているかなども何度も確認することがあります。

そういった確認行為にはわたしの場合波があります。同じ事柄でも気にならずに確認行為をせずにいられることもあるし、少し気になって数回確認するときや、すごく気になって何十回と確認してしまうときもあります。

その波によってかかる時間も全然違って、ずっと言葉や行動の確認行為をし続けるのはすごく労力が必要です。本当は必要のないことだと頭では分かっているし、意味がない無駄なことだとも分かっています。

「やめたいと思っているのにやめられない、無駄だと思うのに続けてしまう」この状態でいるとどんどん気持ちが疲弊してきます。

また、言葉を繰り返して確認行為をしているときは同じ言葉やフレーズが頭の中をずっとぐるぐる回っていて、「早く終わらせよう」「早く納得しよう」と神経を集中させて緊張した状態で頭の中がフル回転になります。

フル回転で頭の中で言葉が渦巻いてるのに、それが短時間で終わらないと集中と緊張状態が続き、頭もフル回転し続けなければならなくなります。気が済むまでそれが続くので、精神的にとても疲れてしまいます。

このように確認行為には多くの労力と時間が費やされます。こうした状況の中、自分の症状と闘いながら日常生活を送っています。夫には症状について話し、理解してくれていますが、どうしたら改善するのか模索する日々です。

試していること

夕焼けの中、山の間を飛び越えている女性

急に気にならなくなるようにするのは難しいと思うので、まずは1つの事柄の確認にたくさん時間をかけなくていいようにしてみようと思っています。

そのためにいくつかのことを試しています。それはこんなことです。

  • 文字に書いて消すこと
  • 一度その思考から離れること
  • 自分の状態を客観視すること

文字に書いて消すこと

自分のやること、やったことのタスク管理をするときに、スマホのメモ機能などを使ってもやもやしているタスクを書き出します。その中でやったものを消して、やっていないものを残します。

視覚的に見えることで分かりやすいことと、「まだできていないことをちゃんと把握しておきたい」という心理もあるのでメモに書き残しておくことで「後からでも見れるし、忘れないから大丈夫」と自分を安心させようとしています。

これは少し効果がありますが、このメモに書いて消す、そして読み返すということ自体が確認行為に繋がってしまうこともあります。

一度その思考から離れること

どうしても気になって頭から離れなくても、来客があったり電話があったり、忙しくてそのことから離れないといけなかったとき、一度離れてみるとそのあと、「あれ、なんやっけ?」となることが結構あります。

わたしの場合、すごく重要なことでなく、何でもない、特別意味のないことが気になって確認行為を繰り返している時は、その中身はやはり重要ではないんだと思います。

時間が経ったら忘れてしまうほどのことで、その時に切り替えられないことが問題なのかなと思います。本当に大事なことなら、忘れてしまってもそのあとに必ず思い出します。

だから、頭から切り離せず確認行為が終わらないときは一度思い切って、その思考から離れることを試みようと思っています。そうすると、一度離れられたらそれだけで必要のない確認行為は忘れて、せずにいられることもあります。

自分の状態を客観視すること

そのためには自分の状態を客観視することが大事なのではないかなと思います。自分の確認行為について考えてきて気づいたことが、「できていると分かっていること」を確認しているんだなということです。

やろうと思っていてできていないことはすぐにやります。メールやブログの文を1回読めば誤字を見つけられます。見つければすぐに修正します。そのあと、「本当にこれでいいのか」という確認行為が長くなってしまうのです。

「確認していること」=「もう大丈夫なこと」なんだなと思ったとき、「確認したい気持ちが止まらないけど、これはもう何回やっても同じこと」「もう大丈夫だということは分かってるんだな」と思いました。

また、ある事柄が頭から離れずその波が激しいときは「今、自分はこのこだわりにかなりとらわれてるな」と自分を客観視して考えてみます。そうすると、「あぁ、ちょっと一回離れないと」と思うことができます。

他の思考が何も入る余地がないと、ただひたすらに気になることで頭が埋め尽くされてしまいますが、そこで自分を俯瞰して見る意識をもつことで、別の考えを頭に入れることができます。その客観的な自分の視点が大きくなっていけば、少し自分の気持ちや行動がコントロールしやすくなるような気がします。

治療法

液体の入ったビーカーや試験管

医学的にいくつかの治療法もあり、これは治る病気だと言われています。治療法があると知ったあとでも、わたしは「診断を受けているわけでもないし…」「何とかやっていけてるし…」「病院に行くほどでもないのかな」なんて考えてしまっているので病院に行くことを避けているのだと思います。

ただこうして記事を書いてみて、客観的に自分のことを見てみたときに「この状況はやっぱりしんどかったんだな」と感じました。正直、確認行為をやめられないことを「自分がもっと我慢できれば」「もっと頑張れば」いいのかもしれないと思っていたところがあります。

それを改めて、強迫性障害について調べてみたり、記事に書いてみることで、「自分の頑張りが足りなかったり、自分の意思が弱いからじゃなく、どうしてもやめられないことは本当に仕方がないことやったんや」と思うことができました。「自分が悪いわけじゃなかった」と思えたとき、気持ちが楽になりました。

そして、そういう気持ちや気づいたことを夫に話して聞いてもらうと、涙が出てきて、「やっぱり辛かったんだな」と思いました。そんな風に思えたことで、前に進むためにこの症状と向き合っていきたいと思えました。

まずは、文献を読んだりして勉強してみようと思います。もう少し、しっかり勉強をしてみて、自分に病院の受診が必要なのか、治療が必要なのか考えていきたいと思います。

周りにいる人にお願いしたいこと

前にいる犬の背中に前足を乗せている犬

症状の出ている本人が一番しんどいかもしれませんが、周りにいる人や家族も大変かもしれません。そんな周りにいる人にお願いしたいことがあります。それは…

  • 本人を責めないこと
  • 本人を否定しないこと
  • その状態を受け止めること
  • 必要に応じて受診を勧めること

この病気は本人が自分の意思でこうしたいと思ってやっているわけではありません。自分でもやめたいと思っていたり、困っている場合もあると思います。それを、本人のせいにして否定したり責めることはどうかしないであげてください。

どうしたらいいのか分からないかもしれませんが、周りにはどうすることもできないのかもしれません。ただ、「こうせざるを得ない状況になってしまってるんだな」という状態を理解して受け止めてあげてください。

症状や状況に応じて、専門の病院で診断してもらったり、治療法を試してみることも一つの手だと思います。やはり、その分野の専門家にしか分からないこと、プロにしかできないこともあるのだと思います。

本人があまりにもしんどそうなときは、受診を勧めてみたり一緒に受診してあげたりしてみるといいのではないかなと思います。また今後も分かったことや変化があれば書いていきたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます^^ また次回お会いしましょう♪

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