虐待を受けた子どもたちをどう支える?子どもの施設に必要なことは?

カラフルな5つのたんぽぽ 子どもの福祉

前回は、虐待かもしれないと思ったら周りにいる人はどうしたらいいのか、親子をどう支えるのかについて話してきました。

今回は、虐待によって心や体に傷を負ってしまった子どもたちをどう支えていけばいいのかについて考えていきたいと思います。

前回の記事はこちら▽

子どもの安全の確保

白いブラウスを着た女の子

親が虐待をしてしまっている場合は、できるだけ早く親と子どもを離さなければいけません。たとえ、親子にお互いを想う気持ちがあったとしても、安全で安心できる環境でないのならそのまま一緒にいてはいけません。

お互いのために一度離れて生活を立て直したり、心のケアをしなければなりません。虐待により保護されたとしても、親と離れることによっても傷つくこともあります。

親と離れたかったという子もいれば、辛くても親と離れたくないと思う子もいると思います。心を支配されてしまっている場合や親に見捨てられたら生きていけないと思っている場合もあります。

そんな風に、虐待している親と引き離したからといってそれだけで子どもが救われるわけではありません。もちろん、保護することで命を救うことはできるし、それがまずは第一優先です。

しかし、過酷な経験をしたあとも子どもは生きていかなくてはいけません。その中で、虐待をされていたという事実や親から愛されなかったんだという思いが長い時間子どもたちを苦しめます。

その痛みや苦しみを少しでも和らげるためには、優しく関わり、そばにいて支え、あたたかく見守る存在が必要です。

心から安心できる場所

すやすやと眠る小さな女の子

親と離れ離れになった子どもがそれまでの自分の経験と向き合ったり、親と向き合ったりするのは容易ではありません。

心身ともに傷付いた子どもたちは大人を信じられなくなっていたり、自分の気持ちをコントロールすること、人間関係を作っていくことが難しかったりします。

まずは、子どもが保護されたら安全で安心できる環境で生活できるようにしなければいけません。一般的に最初は児童相談所で一時保護されます。

その後、これから生活する児童養護施設などが決まり、そこに移っていきます。良くも悪くも環境が変わるので、しばらく戸惑うこともあるかもしれませんが、子どもたちはそこでの生活に徐々に順応していきます。

子どもたちが新しい生活の場でこれ以上傷付かなくて済むように、当たり前のことですが、子どもにとって安心安全であるようにしなければいけません。

そして、安全に生活していければいいだけではなく、子どもが甘えられたり、本音を言えたり、自分らしくいられる場所でなければいけません。

子どもは自分の生い立ちや経験、親の存在をいつか乗り越えていかなければなりません。それは子育てに悩んでいた親のように一人では無理です。

信頼できる大人と出会い、もう一度大人を信じ、安心して心を預けられるようになることが最も重要です。そういう大人と出会えることがこれからを生きる子どもたちにとってとても大事なことです。

施設は、心に傷を負った子どもたちにとって、再出発の場所。

またいつか前に向かって歩き出せるように、まずは時間をかけて心を癒やし、そして心の奥に元気やパワー、力をためる。そのためには、子どもたちが心から安心できる場所でなくてはいけません。

子どもたちが負った心の傷の代償

涙を流す青い目の赤ちゃん

施設で暮らしていると、子どもたちはその生活に慣れていき、次第に笑顔も見られるようになります。一見すると、辛い過去を背負っていることも分かりません。

ですが、小学校高学年や中学生、高校生など成長してくるにつれて、子どもが心に抱えた傷の大きさ、深さが現れてきます。

学校に行けなくなったり、カッとなると自分の気持ちがコントロールできなくなったり、他者を攻撃したり、支配しようとしたり、自分を傷つけたり、飲酒、喫煙、深夜徘徊など…。

いろんな問題が表面化していきます。そうした子どもたちも幼いころは、周りと同じように施設の職員や学校の先生の言うことを聞いて「普通に」生活していました。

でも、だからと言って「大丈夫」なわけではないのです。周りの環境に順応しただけで、心の傷も癒えていないし、根本的な解決は何もされていないのです。

大人の言うことを聞き、行動できるとそれだけで問題のない子どもだと判断されがちですが、そういうときこそ、気をつけて見守って、関わっていかなければなりません。

自分や他者を傷つけずにはいられないような状態になる前に、子どもが受けた想像を絶する経験、痛みや苦しみを周りにいる大人が一緒に寄り添いながら、長い時間をかけて向き合い、乗り越えていかなければなりません。

それは簡単なことではありませんが、本当に信頼できる大人がそばにいて、自分のことを受け止めて寄り添ってくれたなら、乗り越えていくこともできるのだと思います。

そうしてできた信頼関係は強く、子どもが大人になっても信頼できる、繋がっていける関係になります。大きくなって施設を出た後も頼れる人や身内がいないという子どもたちもいます。

そういうときに、困ったときに相談できる相手、頼れる相手がいるかどうかはとても大事になってきます。

自分に置き換えてもそうですよね。誰もが誰かに支えられて生きています。でも、それがいざとなったとき、頼れる人がいなかったら?信頼できて、心の拠り所となる人がいなかったら?

大の大人でも、不安になったり、追い詰められたり、自分を保てないかもしれません。誰にも頼れずに一人で孤独と問題を抱え込み、追い詰められて虐待をしてしまう親と同じように。

だから、孤独は恐ろしいのです。「信じられる誰か」がいてくれるだけで人生は変わってくるのです。

施設で働く職員の課題

ひび割れた地面に咲くたんぽぽ

施設で働く職員は子どものために一生懸命ですが、中にはそうでない人もいます。さらに一生懸命だったとしても時間に追われ、業務に追われ、たくさんの子どもたちのお世話に追われ…職員は余裕をなくしていきます。

宿直中に十分な睡眠が取れない、休日がしっかり休めない、日々の残業、職員の人間関係の悪さ、施設としての方針が本当に子どもためになっていない…など。

施設が抱える問題も山積みなのが現状です。こんな状態で心に傷を抱えた子どもたちを本当に受け止めることができるのでしょうか。

子どもたちと正面から向き合って、諦めずに寄り添い続けられるのでしょうか。残念ながら、そうできていない施設があったり、そういう職員がいるのが事実です。

業務として仕事をこなし、子どもたちへの寄り添いや傾聴ができず、ただ子どもを大人の言うことを聞かせて生活させるだけになってしまっている現状があります。

わたしは施設で働いた経験がありますが、自分にも結局、大人の都合で子どもたちと関わり、子どもたちのことを本当には考えられていなかったと思うことが多々ありました。

時間に追われる日々の中、必死に、自分なりには子どもたちのためにやってはいましたが、今になって、「何も分かっていなかった」と思うのです。

そこの施設の職員像として、職員として正しいか、職員として間違っていないか、他の職員の意見や顔色を気にして、子どもが問題を起こさないようにとやってきました。

問題が起きるとその担当の職員が責められ、責任を追求されるからです。でも、本当は問題を起こすことこそ必要だったのです。問題は子どもたちの心のSOSだからです。

問題を起こすことで、何かしらのメッセージを発している子どもたちに対して、その心の奥にあるSOSに気づくことなく、ただ目の前の問題をなんとか終息させることに終始していました。

その問題を起こしているときこそ、子どもが苦しんでいるという証拠です。そのときこそ、うわべではなく、子どもと時間をかけて対話して、本音で話して、ときにはぶつかってでも向き合わなければいけなかったのです。

施設は子どもたちが生活するためだけの場所ではなく、子どもたちの心を支えて育てる場所なのに、本当に本末転倒なことをしていたと思います。

今でも、思い出すたびに後悔する気持ちが溢れてきます。施設だとか、職員だとか、ルールだとか、集団行動だとか、そういうことも必要かもしれないけれど、本当に大事なことを見失っていては意味がありません。

本当に大事なのは、子どもたちがもう一度大人を信じられるように、大人が子どもたちの本当の声に耳を傾け、支えて、寄り添い続けること。

そうして、これからの人生を生きていくために心の傷を癒やすこと。辛かったことを乗り越えて一歩を踏み出すために全力で力になることです。

次回は、子どもたちの笑顔のために、わたしたち大人は何ができるのか?について考えていきたいと思います。次回の記事はこちら▽

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