真面目な人ほど追い詰められてしまう。虐待をしてしまう親を取り巻く状況

後ろ姿の髪の長い女性 子どもの福祉

前回は、虐待はなぜ起きてしまうのか?虐待を引き起こしてしまうものは何かということについて話してきました。

今回は、自分の子どもを虐待してしまうという状況に陥ってそこから抜け出せない親を取り巻く状況について話していきたいと思います。

前回の記事はこちら▽

夫婦や家族の関係

夕暮れの中で立っている家族

結婚し、子どもを授かり、これから一緒に生きていこうとする夫婦や家族の関係は、お互いに本音を言ったり、助け合ったり、支え合ったりできるのが理想的ですよね。

でも、実際にはそんな理想通りの関係ばかりではないのが現実かもしれません。

普段から育児や家事に夫が協力してくれないのに、何かあると責められる、理想の母親を求められるというケースも多いかもしれません。そういった状態だと、夫の存在によってさらに追い詰められてしまいます。

子どもを虐待することは、どんな事情があっても許していいことではありません。親がどんなに辛い状況だとしても、それを自分より力が弱くて、親を頼らないと生きていけない子どもに押し付けることは間違っています。

間違っていますが、そんな状況になるまでには親自身もたくさん苦しんできたはずです。誰かに助けてほしいと願ったことがあるはずです。その苦しみの先に虐待が起きてしまったのだとしたら、その人だけに責任があるとは思いません。

実際に生活していると、誰もが悩みや困難を抱えながらも、努力をしたり、人に助けてもらったり、協力してもらいながら生きていると思います。

しかし、相談して頼れる人がいないと問題を抱え込み、孤独になり苦しみが増していきます。そんな中で育児がうまくいかないと、さらに心の余裕がなくなっていきます。

子どもと自分だけで過ごす毎日、繰り返しの毎日の中では息が詰まってしまうこともあります。たとえ子どもがかわいくても、子どもがいて幸せなんだと思っていても、同じ日々の繰り返しでは疲れてしまうこともあります。

最初は、小さなほころびだったものが、一人で抱え込むことで取り返しのつかないほど大きくなってしまうことがあります。

イヤイヤ期の子どもであったり、反発する子どもに対し、一生懸命に向き合って関わっている親でもうまくいかないことが続くと次第に心の余裕がなくなっていきます。

イライラもするし、頭にカッと血がのぼることもあります。優しく一生懸命に子どもに向き合う人ほど、真面目な人ほど追い詰められていってしまうのだと思います。

どんなにがんばっても子どもが言うことを聞いてくれないとき、「まぁ、いっか」といい意味で諦めることができる人は自分を追い詰めにくいのではないかと思います。

パートナーに何か言われても、自分の思いや主張を言える人、子どもの対応に困っているとき「手伝ってよ!」と言える人、自分の気持ちに蓋をせず、相手にぶつけられる人は、周りも困っていることに気付きやすいです。

他にも、自分の親やパートナーの親が近くにいる場合、「ちょっと手伝ってほしい」ということが言えたり、困ったことがあったときに頼れる関係性であると、問題が深刻化しにくくなります。

虐待するほど追い詰められてしまった人が周りに助けを求められるとは限りません。そうなる前に、周囲が気付いてあげること、本音や弱音を正直に話せる関係性を作っておくことが大事です。

恐怖による支配

片手で顔を押さえてこちらを見ている小さな男の子

責任感が強く、我慢強い、がんばり屋の人ほど、育児に悩みや困難を抱えていても「育児はわたしの役目だから」「がんばらなきゃ」「なんとかしなきゃ」と思って一人で抱え込み、悪循環にはまっていってしまいます。

完璧な親にならなければと思うほど、現実とのギャップに苦しんでしまいます。うまくいかないことが積み重なり、それでもなんとかしようとする。でも、子どもは大人の思い通りにはなりません。

根気よく子どもに語りかけ、やってほしいことを促していても、泣き叫ぶ、暴れる、言うことを聞かない…。そういうことが続くと、気持ちに余裕がなくなっていき衝動的に叩いてしまったり、怒鳴ってしまうこともあるかもしれません。

子どもに怒鳴ったり、手をあげてしまったとき、そのことを後悔し、「ごめんね」と子どもを抱きしめて謝り、「もう二度としない」と誓う。それでもまた言うことを聞かないことがあると繰り返してしまう。

そうして、言うことを聞かないと暴言や暴力によっての子どもを思うように動かすということが習慣化してしまうと、そこから抜け出すのは容易ではありません。

そうした暴言や脅し、暴力などが繰り返されてしまうのは、それによって子どもが言うことを聞くからです。優しく言い続けても言うことを一向に聞かなかった子が言うことを聞いて謝ってくる。

そうすると、そのときはうまくいったように感じます。子どもを恐怖で支配することによって、表面上は物事を思うように動かせるようになるからです。

子どもの成長を長い目で見て、子どもに語りかけ、促し、見守り、抱きしめて育てていくのは長い時間もかかり、そうできるだけの心の余裕も必要です。

それに比べると、言うことを聞かないときに恐怖によって子どもを支配して子どもを動かすことの方が簡単なことになってしまうのです。

虐待は当事者だけの問題ではない

膝を抱えて座る女性

子どもと同じ目線に立って子どもの声を聞き、親の気持ちも伝えながらその上で子どもの気持ちを尊重する、そういう繰り返しを経て信頼関係が深まっていく。

そういう育て方ができれば理想的かもしれませんが、そんな風にいつもできるとは限りません。また、そうした育て方ができる人は自分を支えてくれる存在がいるのではないかと思います。

一緒に子どもを育ててくれる人、自分のことや子どものことを気にかけ、子どもについて一緒に悩んだり相談に乗ってくれる人。

そういう存在がいてくれるからこそ、辛いことがあっても話を聞いてもらい心を落ち着けて、また前向きにがんばれるのではないでしょうか。

そういう存在がいない人は、たった一人でうまくいかない問題や不安、焦り、劣等感などを抱えて、苦しんでいるはずです。

不安定な自分の気持ちを抑えられなくなり、子どもに暴力をふるうまでになったとき、親自身も精神的に追い詰められているのだと思います。

そして、虐待が起きたとき、虐待をしてしまった人の孤独や苦しんでいることを周りにいる人は気付けていないのではないでしょうか。

もしくは、それに気付いて寄り添える人がいなかったのだと思います。そんな人が一人でもいたら、きっと虐待をしてしまうという状況は変わっていたのだと思います。

例えば、妻に家事育児を任せていて、妻が子どもに虐待をしていた場合、子どもが保護されたり事件になってしまったあとに夫が「気付かなかった」「子育ては妻に任せていた」というのはあまりに無責任で悲しいことです。

同じ家にいながら妻や子どものことが見えていなかった、もしくは見ようとしていなかったということなのではないでしょうか。

これは夫だけでなく、近所の人やママ友、きょうだいや親にも言えることかもしれません。様子がおかしいなと思ったら気にかけたり、声をかけることもできるはずです。

知ってはいるけれどあまり関わったことがないなど、関係性が薄いと気付いていても何もできない、何もしないというケースもあるかもしれません。

しかし、子どもは助けを求めています。助けを求めながらも親がいないと生きていけないので親に従うしかありません。さらに言えば、親自身も心のどこかで気付いてほしい、助けてほしいと思っているかもしれません。

育児や家事、仕事に人間関係など生きていく上で起こるさまざまなことで問題を抱えていたり悩んでいても、誰にも相談することができず、一人で問題を抱えることによって精神的に追い詰められていく。

そうした状況の中で虐待が起こってしまったのだとしたら、それは虐待をしていた人だけの問題ではなく、その人を支える仕組みが足りなかったのだと思います。

虐待や虐待死事件の背景には、そんな状況を作ってしまった環境にも要因があると思います。やってしまったことを悪として、悪を行なった人を悪人とし、悪人を罰するだけの制度では何も変わっていきません。

今も苦しんでいる子どもや親がたくさんいて、このままではこれからも同じことが繰り返されていってしまいます。

親を救うことは子どもを救うこと、子どもを守ることに繋がります。子どもを救うためには親も救わなければ根本的な解決にはなりません。

次回は、虐待が起きたとき、親や子どもはどうしたらいいのかについて考えていきたいと思います。次回の記事はこちら▽

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