子どもを見守ることって難しい?信じて待つことの大切さ

赤ちゃんの手を支える大人の手 子育て

子どもを育てている中で、どう対応したらいいのかと迷ったり悩むこともあると思います。子育てには正解がないから難しいですよね。

試行錯誤して、夫婦や家族と協力しながら子どもを育てていくしかありません。そのときに、子どもを手助けしたり、あえて見守ったりする境界線は難しいです。

ついつい、手を貸したくなってしまうこともあると思います。でも、信じて待つことが子どもの成長を促すことになるのだと思います。その大切さに気付いたときのエピソードを紹介します。

子どもを抱っこ

抱っこされている女の子

子どもを抱っこすることは悪いことではありません。子どもを可愛がったり、愛情を注いだりする中で、抱きしめたり抱っこしたりすると思います。

でも、子どもが求めたときに常に抱っこをしていると、子どもが抱っこをしてもらいたいときに抱っこしてもらえなければ、ぐずるようになってしまいます。

抱っこに限らず、子どもが求めたときに求めたことをすべてやっていると、子どもにとって要求が通ることが当たり前になるのかなと思っています。

実際にわが家では、1歳4ヶ月の息子は隣に住む祖父のことが大好きで姿を見かけると追いかけていき、抱っこを求めます。

可愛がってもらっているし、息子も抱っこしてもらって嬉しいのだと思うので、それはそれでいいと思います。ただ、会うとずっと抱っこをされています。

せっかく外に遊びに出ても、姿を見ると一目散に追いかけて、そこからずっと抱っこをされていて、降ろされるとぐずり…また抱っこをされるの繰り返しになります。

息子にとって祖父は抱っこをしてくれる存在であり、いつもその願いを叶えてくれる存在なのではないかなと思います。

なので、わたしは祖父が息子を抱っこから降ろしたときは、あえて祖父から少し離れたところに連れて行ったりします。すると、少しぐずってもすぐに気持ちを切り替えて遊びだします。

いつも子どもの願いを100%叶えるのでなく、そのときの状況に応じて諦めたり、気持ちの切り替えができるように促してあげた方が子どもの心の成長に繋がるんじゃないかと思います。

子どもが泣いたとき

泣いているピンクの帽子を被った女の子

子どもが泣いたとき、あなたはどうするでしょうか?転んだとき、自分の要求が通らなかったとき、寂しくなったとき、いろんなときに子どもは泣くと思います。

わたしは子どもが泣いたとき、どこかが痛かったり、寂しくなってしまった場合は大体近付いて「痛かったね」「寂しかったね」と声をかけて頭をなでたり、抱っこをしたりします。

息子の要求が通らなかったとき、例えば、息子は食事のあと、スプーンとお皿で遊びたがりますが、そのままスプーンを持たせておくのは危ないのでキッチンへ引き下げます。

歯ブラシも同様で、いつまでも口に入れて遊びたがったり、口にくわえたまま歩いたりしようとしますが、転んで喉をついたりしたら危ないので、これも片付けます。

そうすると泣きますが、しばらくそっとしておくと自分で切り替え、遊びだします。こうして、「要求が通らないんだな」と子ども自身が理解することで自分で切り替える力をつけていくのだと思います。

信じて待つこと

ボートに乗ってオールを持っている男の子

つい先日のこと、歩けるようになった息子と夫と愛犬と一緒に散歩に出かけました。その日は、犬の散歩用のリードをわたしが息子に一度持たせてしまったことで、その後も「持ちたい!」とぐずってしまいました。

持ってもいいのですが、息子は歩くのが遅いし、リードを離してしまうこともあります。また、リードが結構大きなものだったので、持っていると転んだときにうまく手をつけません。

そのため、わたしや夫と手を繋いで歩かせようとしましたが、この日はそれからもぐずったままでなかなか進むことができません。

無理に散歩に行くことはないのですが、犬も散歩に行きたくて待っていたので、抱っこしたり降ろしたりしながら歩いていきました。

いつもは自分で歩くことを楽しんで、道に落ちている石や木の枝、砂などを触って遊びますが、この日は遊ぶこともせず、かといって抱っこをすると「降りたいー!」と体をばたつかせます。

途中で気持ちを切り替え、歩き出しましたが、いつもの靴が洗ってからまだ乾いていなくて、貰い物の少し大きな靴を履いていたことで、歩きにくくてまた泣いて座り込んでしまいました。

そんなことを繰り返しながらようやく家に着いて、息子を降ろし、少し離れたところから夫が息子を呼びました。そのときも泣いていて、なかなか息子の中でも気持ちの整理がつかなかったようです。

息子をわたしが迎えに行って抱いて連れてくると、「そうやって泣いたらすぐに抱っこしたり、迎えに行くんじゃなくて、ちゃんと待ってあげなきゃ」「〇〇(息子)にはもうちゃんとその力があるんだから」と夫に言われました。

自分ではそんなつもりはありませんでしたが、自分のやっていることが、息子のためになっていないのだと夫に言われたことで、わたしは少しショックを受けました。

でも、確かにわたしも普段から息子に求められると常に抱っこをして降ろせないでいる祖父に対し、「降ろして泣いても、しばらくそっとしておいてくれたら、息子も自分で切り替えられるのにな」と思っていました。

「程度は違うと思うけど、やっていることは一緒だよ」とも夫に言われてしまい、二重でショックでした。ちょっとツン!としてしまいましたが、その後で夫と少し話し合いました。

子どもが困ったときにすぐに手を貸すんじゃなく、子どものできる力を信じて待ってあげること、見守ることが大事なんだと改めて思いました。

わたしはやはり泣いていると手を貸したり、抱っこしてあげたくなるときもありますが、手を貸したり抱っこしてあげることだけが愛情なのではないと夫に教わりました。

あえて手を貸さず、信じて待つことで子ども自身が成長できること、自分で立ち上がる力を身につけるのだなと思いました。

その大切さをわたしは、児童養護施設に勤めた経験から知っていたつもりでしたが、いざ自分ごととなると頭で理解していたようにはいかないんだな、ということが分かりました。

子どもを見守る

小さな女の子とそれを見守る男性

あえて何もしないで子どもを見守るというのは、実は意外と根気のいることなのかもしれません。手を貸してあげる方が早いし、簡単だからです。

その場を助けてあげられるし、目の前で困っているところを見ないですみます。目の前にいるのに、何もせずにただ見守るだけというのは、何とももどかしい気持ちになるものです。

でも、子どもが自分で何かに挑戦したり、失敗したり、そこから立ち直ってまた進んだりするのはその一連の流れがあってこそ大事なのだと思いました。

そこを途中で大人が介入して助けてしまうと、子どもが自分で会得するはずのスキルを奪ってしまうことになります。

自分で立ち直るところまでを子ども自身が何度も繰り返し経験することで、たくましく育っていくのかもしれないなぁと思いました。

親としてまだまだ新米なわたしたちですが、どうすることが息子のためになるのかを夫婦で話し合いながら、これからも息子と一緒に少しずつ成長していきたいなと思います^^

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