事実は捉え方次第で良くも悪くも変化する。せっかくならいい方へ!

青空の下で両手を広げている女性 考え方

職場や学校、家庭、仕事に勉強、家事・育児やらなければいけないことに追われたり、人間関係や自分自身について悩むことなどたくさんありますよね。

そんな中で必要以上に悩みや不満、考えることを大きくしていることがあるかもしれません。

向き合わなければいけない問題があったとしても、その正体を明らかにしてシンプルに考えることが早く前に進むコツかもしれません。

そんなものごとの捉え方・考え方について紹介していきたいと思います^^

事実と感情

いろんな表情をしている黄色いボール

人は多くの場合、何かが起こると事実だけでなくそこに良し悪しや正しいか間違いかなど価値をつけて考えます。

しかし、その良し悪しを判断しているのは自分で、実際にあるのはただ起きた事実だけです。

いいことならばそれでいいですが、よくないことを事実以上に悪い方へ考えてしまうのはもったいないことです。それでも、誰でも無意識に考えてしまうものなのではないかと思います。

そういうわたし自身もよくやってしまいますが、「事実は事実」それだけです。良くないことは、それ以上の価値を考えない方がうまくいきます。

例えば仕事をしていてミスを指摘され、その言い方が嫌な言い方であったり、もともと好きではない人からの指摘だったとしましょう。

感情的には、「嫌な言い方をされた」「何であんな言い方をされるんだ」「自分のことを嫌ってるんだ」など「自分のミスを指摘された」こと以上にネガティブな要素がたくさん浮かんでしまいます。

しかし、事実は「自分のミスを指摘された」ことだけです。それが自分とあまりいい関係の人ではなくても、嫌な言い方をされてしまったとしても、ミスを指摘してもらうことは必要です。

「指摘してくれてありがとう」と素直に思うことができなくても、事実それによってミスが修正できるのです。

そこで、感情はひとまず置いておいて、「ミスを指摘されたこと」の事実にだけ視点を向ける。そして、必要な行動として指摘されたミスを修正する。これでいいのではないでしょうか。

歪みあっても何も生まれません。相手が自分のことをどう思っているか分からなくても、自分でコントロールできないものにやきもきしても仕方がありません。でも、自分のことは自分でコントロールすることができます。

感情は頭で考えるほど、簡単にはいかないものかもしれません。それでも自分の考え方を意識したり、感情のコントロールを身につけることはきっといつか自分の役に立ちます。

ものは考えよう

積み重ねられた本の上に置かれた眼鏡と電球のマーク

何事も表裏一体だといいます。これは、ものごとにはいい面も悪い面もあるということです。

では、そのいい面と悪い面とは何のか?それは、誰が見ても答えは一つと決まっているものではなく、人によって変わるのです。

お金をたくさん持っていたり、便利な都会に住んでいることがいいことで、お金が少ないこと、不便な田舎に住んでいることが悪いことなのではありません。

それは、それを人がどう捉えるか次第でその価値は180度変わるからです。

好きな高級ブランドのものが買いたい人、世界を旅行してまわりたい人、起業したい人などお金を必要としている人にとってはお金はたくさんあった方がいいですね。

でも、お金が少ないことで得られる学びも経験もあります。少ないからこそ工夫したり、どうしたらいいか考える知恵がつきます。

都会の便利さは、移動が簡単であったり、たくさんのお店がある一方、人や建物が多く、ゴミゴミしているとも言えます。

田舎の不便さ、何もないということは、自然が豊かで広々としている。限られたお店の中で必要なものだけを買うことで無駄遣いをしないというメリットにもなり得ます。

何がメリットで何がデメリットであるかは、その人の置かれた環境とその人が何に優先順位を置こうとしているかによって変わります。

ある人にとっては、嫌な田舎暮らしでもある人にとっては最高の環境かもしれません。そうしたことはどんな物事にも当てはまります。

暇で楽な仕事がしたいのか、残業もあって忙しいけれどやりがいのある仕事がしたいのか、それは人それぞれです。どちらの方がいいということはありません。

大切なのはどんな風に生きていきたいか、どんなことを大切にしていきたいかを考えて、自分の価値観を作っていくことです。

マイナスがプラスに

ピンク色に染まった夕焼け

考え方や捉え方を変えると、自分にとって億劫だったことがラッキーに変わったりもします。

見る視点を変えることで、嫌なこともそうでもないことに、もしくはいいことに変えられることもあります。ものごとは自分の捉え方、受け止め方、考え方次第で変えられるのです。

もちろん、考え方だけでは変えられないこと、どうしようもないことも存在します。そういうものに対しては、また違ったアプローチが必要です。

ただ日常の考え方として、感情を置いておいて「事実は事実」と捉えることや、あえて今見えている物事の反対側にも視点を当ててみることで冷静に対応したり、広い視野で見たり、柔軟な考え方ができることもあると思います。

そうした考え方もあると頭の中に置いておくだけでも、何かあった時にふと思い出して気持ちの切り替えに役立つのではないかなと思います。

また、長年培ってきた考え方を変えるのは簡単ではないので、考え方の転換や感情のコントロールの練習を気がついた時に気長にやっていくのがいいと思います^^

ないものねだり

悲しそうな表情をしているヨークシャテリア

人は一人きりで生きているわけではありません。自分のまわりにはたくさんの人が生活していると思います。

自分の価値観がしっかりとしていて、迷いがない人はかっこいいですよね。でも、そんな人ばかりではありません。

それに、どんなに悩み知らずに見えていても、誰しも迷い悩み葛藤しながら生きているのだと思います。

その中で、人と比較して自分を優位に立たせたり、または劣等感を抱いたり。そんなことをしても仕方がないと思いつつ、人と比較してしまいますよね。

何に幸せを感じるかは人それぞれですが、望むものが手に入っても周りを見てまだ足りない、「もっと、もっと」と思ってしまうことはないでしょうか。

もともとほしかったものは手に入っているのに、それに慣れるとそれが当たり前になってしまいます。そうすると、それであることが当然でさらに多くを求めてしまいます。

これにはキリがないですよね。ただ、欲望に対して貪欲なことが悪いことではありません。それを仕事の向上心に当てたり、自分磨きに向けるといいかもしれません。

それでも、「今自分にあるもの」を見失わないことが大事です。これまでの自分の経験や積み重ね、そして得たもの、周りにあるもの。それに感謝して大切にできてこそ、貪欲さも向上心となるのだと思います。

今の自分はきっと自分の力だけでこうしてここにいるわけではないはずです。これまで力を貸してくれたり、支えてくれた人たちのおかげで今があるはずです。

そして、当たり前のように感じている今あるもの。例えば元気に動く健康な体。これはきっと失ってからその大きさに気付くのだと思います。

何でもないように寝て、起きて、勉強したり、働いたり、遊んだり。それ自体が病気や障がい、老い、または治安、環境次第ではひどく困難になります。

そうした当たり前の日常の中に本当はありがたいことが隠れていて、でもそれを日々の中で忘れてしまうのですね。

そういうものを常に忘れずにいられるのが一番ですが、たとえ忘れてしまっても、何か煮詰まった時に初心に戻って「元気に生きていること」に感謝できればいいですね。

きれいごとのようですが、こういった幸せのハードルを下げることができればできるほど、ありがたいことに溢れていきます。

「今ないもの」を数えてもキリがありませんが、「今あるもの」に目を向けることができれば、些細なことでも嬉しかったり、幸せだなと感じたり、あたたかい気持ちになっていきます。

不平や不満はあげればどんどん出てきて、気持ちもネガティブになります。言いたいこともあると思いますが、そういう時は「相手」と「場所」と「内容」を選んで聞いてもらいましょう。

そして聞いてもらった後は、せっかくなら愚痴だけで終わらさず「ここから何ができるか」を考えることでプラスに転じていきましょう^^

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。

タイトルとURLをコピーしました